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為太郎「僕、明日でここを辞めるんだ

10年目の研修社員・今市為太郎……いや、いまいちダメだろうの声が耳から離れない。

今、俺は自分の部屋にいる。
熱帯夜も相まって寝付けない。

時計は深夜0時を過ぎたところ。
さっき日付が変わった。
ということは為太郎さん最後の出勤日。

つまり明後日になれば俺は…………
俺は…………これ以上は考えたくない。

そんな不安とともに俺は約12時間前の出来事を思い出していた。

俺「どうしてですか?!」

職場の休憩室の中。
俺は大声を上げて立ち上がった。
周囲の視線が突き刺さる。

為太郎「どうしてそんなに驚くんだい?」
俺「どうしてって……」

『そしたら俺はどうすればいいんだ!!』

俺「それはその……」
為太郎「キミが困るから」
俺「え?」
為太郎「知らないとでも思ったかい?」
俺「…………」
為太郎「キミの思ってることは何でもわかる。これまでずっと僕の失敗を見て安心してたよね」
俺「そ、そんなワケ」
為太郎「うそつかないでよ。現にキミは初対面のときよりかなり顔が活き活きしてる」
俺「ウソなんかついてません!」
為太郎「これでも社員10年目だよ? 仕事してれば相手の突かれたくないところを突くことも自然と身に着くんだ」
俺「いい加減にしてください!」

今までに見たことのない為太郎さんの顔。
邪悪な形相を浮かべ、まるで別人だ。

やはり裏の顔があったのか。
だいたいダメなフリをする人は何か凄い本性を持っている。

しかし今はそんなに感動している暇はない。
俺たちの言い争いに周囲が騒ぎ始めた。

俺「10年やってて研修社員ですか? 笑わせないでください。どんだけ仕事が出来ないんですか」
為太郎「話をすり替えないでくれ」
俺「別にすり替えてなんかいません」
為太郎「今はキミの話をしているんだ。僕の経歴なんて関係ない」
俺「俺より出来ないクセにエラそうに言わないでもらいたいですね!」

ぜんぜん収まりがつかない。
このままでは警備員が来てしまう。
何とかしなくては!

とそこへ一隻の助け舟が。

「ちょっとちょっと!」

先輩がやってきたのだ。

先輩「やっぱりここか。店が混んできたから来てもらいたいんだ」
俺「わかりました。でも、ちょっと今市さんと話してて」
先輩「…………」
俺「先輩?」
先輩「今市さんって誰のこと?」
俺「え?」
先輩「てか、どこに向かって話してるんだ?」
俺「はい?」
先輩「君の他には誰もいないじゃないか」

この人は何を言っているんだ?
俺は驚きを隠せなかった。

俺「目の前にいるじゃないですか! 40代後半でやつれたカッコの男が!」
先輩「……いや、君ひとりだけだよ。疲れてるんじゃないのか?」

そんなはずはない!
俺にはしっかり見えている!
確かに為太郎さんは目の前にいる!

為太郎「お疲れ様です、先輩」

しかし彼の声は先輩には聞こえない。

どういうことだ?
俺の目の前にいる男はいったい…………

しばらくして彼は静かに言った。

為太郎「僕はキミなんだよ」

<6日目へつづく>

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