オトナは教えてくれない
〇中学校・知彦の通うクラス
空いた窓から聞こえる蝉の声。
黒板には『自由研究』の文字がある。
生徒たちが騒いでいる。
その中でただひとり、知彦(13)がじっと窓の外を見つめている。
〇校庭の木
蝉の抜け殻が空しくへばりついている。
〇タイトル
『オトナは教えてくれない』
<登場人物>
知彦(13) 中学1年生
彩乃(19) 謎の女
学(13) 中学1年生
真知子(42) 知彦の母
〇知彦の家・リビング(夜)
録画したドラマはラブストーリー。
夜景のバックに男女カップルが抱き合う。
じっと見とれている知彦。
主演の男女が今にもキスをしようかというとき、突然CMになってしまう。
知彦「あれ?」
リモコンで巻き戻したり、早送りしたり。
しかし見返してもシーンの続きは無い。
チャプターを送ると、ドラマは何事もなかったかのように別のシーンに変わっている。
知彦が首を傾げる。
真知子「ご飯よ」
知彦「…………」
真知子「知」
知彦「はい」
〇知彦の家(日替わり)
録画した刑事ドラマのワンシーン。
犯人と被害者が揉み合っている。
が、肝心な殺陣に入る前に取調室のシーンに変わってしまう。
知彦「あれ?」
再びリモコンで巻き戻したり、早送りしたり。
しかし見返してもシーンの続きは無い。
チャプターを送ると、ドラマは何事もなかったかのように別のシーンに変わっている。
知彦が首を傾げる。
真知子「明日、朝練でしょ?早く寝なさい」
〇通学路
知彦はひとり、うつむきながら歩いている。
同じ世代の学生たちは疑問の顔ひとつ浮かべず、仲間たちと話しながら歩いている。
テレビゲームのこと、部活のこと、気になる同級生のこと。
彩乃「…………」
彩乃(19)が知彦の横顔をじっと見ている。
〇知彦の家・リビング
テーブルに向かって動かない知彦。
ノートには『自由研究』の文字がある。
真知子がやってきて、
真知子「買い物いっしょに行く?」
知彦「いい」
真知子「熱中症、気をつけてよ」
知彦「わかってる」
真知子が出て行く。
知彦、ノートパソコンを起動。
検索サイトに辿り着き、検索をしようとするも……
知彦「!!」
『そのキーワードは検索できません』
知彦「そんな……」
と、慌てて戻って来る足音。
ドアが開き、真知子が現れる。
知彦はドリルを解いている(フリ)。
知彦「なに?」
真知子「車のカギ、忘れたから」
知彦「あっそう」
真知子「暑かったら扇風機もつけてね」
知彦「いってらっしゃい」
真知子が出て行く。
知彦、ホッとひと息。
〇同・玄関
振り返る真知子、訳知り顔で―
真知子「…………」
〇通学路
知彦が歩いていると、
彩乃の声「教えてあげよっか」
知彦「え?」
知彦が周囲を見渡すも、誰もいない。
視線を前に戻すと彩乃がいる。
知彦「!!」
彩乃「ホントのこと」
知彦「ホントの……こと?」
彩乃「気になってるんでしょ」
知彦「…………」
彩乃「来て」
知彦、周囲を見る。
彩乃は黙々と歩いていく。
知彦が彩乃の後を追う。
〇古びた一軒家・外観
〇同・彩乃の部屋
知彦、室内を見回す。
所狭しと本がびっしりと並んでいる。
彩乃「どした?」
知彦「なんか、らしくないなあと思って」
彩乃「なにそれ」
クスッと笑う彩乃。
窓際のひまわりが怪しく咲いている。
彩乃、DVDを持ってくる。
彩乃「見よっか」
知彦「それは……」
彩乃「ここにあるはず、その答えが」
彩乃がDVDをデッキにセットする。
リモコンの再生ボタンを押そうとして、
知彦「待って!」
彩乃「え?」
知彦「……深呼吸だけさせて」
彩乃「いいよ」
知彦「何だか、もとの自分にもどれなくなる気がして」
彩乃「君ってホントに中学生?」
知彦「よく言われる」
彩乃「中身はオッサンっぽいよ」
知彦「子どものころから周りのみんなとどうも合わせられなくて」
彩乃「子どものころって、まだ子どもでしょ」
知彦「あ、そうだった」
彩乃「……もういい?」
知彦が固唾を飲んで、コクリ。
再生ボタンを押す彩乃。
知彦の目にしたものそれは……
〇知彦の瞳に映るイメージ
男女の愛の営みや過激な暴力。
まさにオトナだけが知る世界。
決して子どもが見ることのできないエグい情念だらけの光景。
〇もとの彩乃の部屋
知彦、動けないでいる。
汗が一滴、知彦の頬を伝って床へポツリ。
彩乃「刺激が強すぎたかな?」
知彦「…………」
彩乃「もしもーし」
知彦「これ、どうやって?」
彩乃「親の部屋からこっそり」
知彦「盗んだの?」
彩乃「まさか。借りたの」
知彦「よく許してくれたね」
彩乃「まさか」
知彦「……怒られても知らないよ?」
彩乃「だいじょうぶ、そのへんはうまくやれるから」
知彦「お姉ちゃんっていったい」
彩乃「…………」
〇同・玄関
帰り支度をしている知彦。
彩乃が見送る。
知彦「ねえ」
彩乃「ん?」
知彦「何でおしえてくれたの?」
彩乃「おんなじ目をしてたから」
知彦「お姉ちゃんも僕と……」
彩乃「それにね、もうすぐオトナになっちゃうの。わたし」
知彦「え?」
彩乃「明日でちょうどハタチ」
知彦、彩乃を見る。
彩乃はどこか物悲しい顔をしている。
知彦「オトナになるってどんな感じ?」
彩乃「さあ、さっぱり」
振り返る彩乃、汗ばんだ薄着ごしに透けて見える下着。
それはまさしくオトナの色。
知彦は見逃さない。
知彦「…………」
軒下から聞こえてくる風鈴の音。
〇知彦の家
知彦、帰って来る。
真知子がやってきて、
真知子「おかえり」
知彦「うん」
知彦の顔色がおかしい。
真知子「何かあった?」
知彦「べつに何も」
知彦、慌てて階段を上っていく。
〇知彦の部屋
知彦が必死にノートをまとめている。
と、真知子がやってくる。
知彦「ノックしてよ」
真知子が机の上のノートを見る。
『自由研究 テーマ:僕がずっと疑問に思っていたこと』
知彦「まだ完成してないから」
真知子が無理やり見ようとする。
必死に抵抗する知彦。
知彦「やめてよ!」
真知子「見せなさい」
真知子が中身を読む。
真知子「これを学校に出すつもり?」
知彦「…………」
真知子「答えなさい!!」
知彦「子どもがホントのこと知ってなにがいけないんだよ!」
真知子「まだ知るべき歳じゃないからよ!」
知彦「子どもだって知ったっていいじゃないか!オトナはみんなウソつきばっかだ!子どもには正直になれって言うくせに!!」
真知子「…………」
知彦「ずっと不思議だった。どうやって自分は生まれたのか?なんで録ったドラマは肝心なところが抜けてるのか?ずっとわからなかった」
真知子「…………」
知彦「母さんだよね?ドラマの映像をカットしたの」
真知子「あなたにヘンなオトナになってほしくないからよ!」
知彦「ドラマだけじゃない、パソコンだってそうだ!そうやって都合の悪いものを見せないようにするのがオトナなの?!」
真知子「知!!」
知彦「今のオトナだってむかし子どもだったときは僕みたいにみんな同じこと思ったんじゃないの?」
真知子「…………」
険しい顔の真知子が部屋を出て行く。
知彦、乱暴にドアを閉める。
〇中学校・知彦が通うクラス
知彦、周りの様子を見る。
何も知らない純粋な同級生たちによる自由研究のノート。
『宇宙について』、『歴史上の人物について』、『天気について』。
知彦、ふと自分の課題を見る。
明らかに浮いている。
知彦「…………」
知彦、ノートのページをくしゃくしゃにしてしまう。
周囲の生徒たちが突然のことに驚く。
知彦は破ることに無我夢中。
子どもの声「父さん」
〇一軒家・外観
窓の外を見ている成人男性がひとり。
学の声「父さん」
ハッと我に返る知彦(45)、すっかり中年になっている。
T「30余年後」
声の主は知彦の子、学(13)だ。
学「どうやって僕は生まれてきたの?」
知彦「それはね……」
〇フラッシュ
真知子の険しい顔。
彩乃の微笑んだ顔。
〇もとのリビング
知彦「今は忙しいから、いつか気が向いたら教えるよ」
その顔はどこか物悲しい。
<おわり>
このシナリオはフィクションです。
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