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ハジメ「実乃里」
芯太郎「……起きてたのか」

梶野家のリビング。
ハジメと義父・芯太郎の前に妻の実乃里がやってくる。

実乃里「婿に来てもらうだけ、それ以上はないってそう約束したじゃん」
芯太郎「…………」
ハジメ「実乃里?それはどういう――」
実乃里「父さんと約束したの」
ハジメ「……え?」
実乃里「ハジメくんはアタシと結婚したらここで主夫をすることになる。それは父さんもここへ来てそうなったように梶野家の伝統だってのはわかってる。でも、ハジメくん家事する時間もないくらい一生懸命に働いてて、そんなこと知ったら無理になるって決まってる」
芯太郎「主夫だって立派な仕事だ」
実乃里「わかってる!でも――」
芯太郎「それが代々この家の習わしだ」
実乃里「家の習わしが何よ!」
ハジメ「実乃里」
実乃里「だからアタシは父さんに婿入りだけにしてほしいってお願いしたの」
ハジメ「…………」
実乃里「アタシらは普通の夫婦でいるって」
芯太郎「…………」
実乃里「これじゃ話が違うじゃん!」
芯太郎「約束は守るつもりでいたさ。でも、ハジメ君が倒れて実乃里は昇進。状況が変わったんだ」
実乃里「それはそうだけど――」
芯太郎「今こうしてふたりとも倒れられたら、僕は――」
ハジメ「お義父さん」
芯太郎「考えてはもらえないだろうか」
実乃里「聞かなくていいから」
芯太郎「僕はハジメ君に聞いている」
実乃里「父さん!」
芯太郎「決めるのはハジメ君だ」
ハジメ「…………」
芯太郎「今すぐ返事はしなくていい」
ハジメ「――考えさせてください」
芯太郎「良い返答を待っているよ」

やりきれない実乃里。
芯太郎がリビングを去っていく。
ハジメはうつむいたまま。

実乃里「父さん、疲れてんのよ」
ハジメ「…………」
実乃里「真に受けなくていいから」
ハジメ「…………」
実乃里「ね?」

その夜は眠れなかった。
なかなか寝ようとしない実乃里が寝るのを待って、オレはこっそり梶野家を抜け出した。
ある目的地へと急ぐために。

この時、深夜3時。

深夜真っ只中のタクシー。
これに乗るのは、実に数週間ぶりだ。
会社から梶野家までのゆりかご。
勤めていた時、そうオレは呼んでいた。
車の揺れは電車のそれと同じで、妙に眠りへと誘うのだ。

今回は数時間だけのハイウェイ小旅行。
深夜料金に高速料金も相まって高くつく。
普段からお金を使わない性格で良かった。

見慣れた忙しい都内の景色はやがて穏やかな住宅地へとその姿を変えていく。
そしてもうひとつの見慣れた景色がオレの前に現れた。

そう、若宮家だ。

車を降りたオレは門の前で立ち止まる。
やがて家の全景を見上げた。

そしてオレは…………

朝7時の梶野家。
目覚まし時計が鳴り続けている。
実乃里が目を覚ます。
横にハジメの姿はない。

実乃里「あれ?」

実乃里が起きて来る。
キッチンで芯太郎が料理をしている。

芯太郎「おはよう」
実乃里「――うん」
芯太郎「今出来たところだよ」
実乃里「それはいいんだけどさ、ハジメくん見なかっ―」

実乃里の視線の先、
ハジメがエプロンを必死に結んでいる。

実乃里「え?え、え、ええええっ?!」
ハジメ「あ、実乃里。おはよう」
実乃里「おはよ、じゃなくてさ!」
芯太郎「ハジメ君、それをリビングへ」
ハジメ「はい、ただいま」
実乃里「どしたの、それ?!」

ハジメが実乃里の耳元で、

ハジメ「リハビリだよ、リハビリ」
実乃里「はあ?」
ハジメ「鈍った体を元に戻すためにね」
実乃里「…………」
ハジメ「それに休職中だし、何かあったら会社へ戻ればいいから」
芯太郎「ハジメ君!」
ハジメ「ただいま!」

義母の勝代が起きて来て、

勝代「え?どういうこと?」
ハジメ「おはようございます」
勝代「お、おはよう」

勝代が不思議な目でハジメを見ている。

ハジメ「えっとこれはですね――」
芯太郎「醤油取ってきなさい!」
ハジメ「はい!」

急いでキッチンに向かおうとしたハジメが段差につまづき派手に転んだ。

こうして梶野ハジメは家事のハジメとなった。

家事のハジメさんがログオフしました。

やっとここまでお話しできました。

え?ひとつ納得いかない?
どこの部分がですか?

何でわざわざ一回実家へ戻ったか?

それはですね……
少し時間を戻してっと。

早朝5時すぎ
実家の玄関前までオレは歩を進めた。

わかってる、居間の灯りが点くのを。
その予想は見事に当たった。
母の圭子が家事を始めたところだ。

圭子の声「いつまで親に頼る気?」

そんな声が聞こえてきそうだ。

実家へ行ったのは逃げるためじゃない。
もう二度と帰らないと誓ったからだ。
あの日の義父・芯太郎のように。

そして止めていたタクシーに再び乗ってその場を後にした。

《領収書》
タクシーの往復運賃¥37,180

<episode19へつづく>

どうも、家事のハジメこと梶野ハジメです。
いつも読んで頂き、感謝感激です♪
前回までのブログは下のリンクから読めますので、どうぞご覧ください!
勝手にサブタイトルも付けました(笑)

登場人物
プロローグ
episode1 すべての始まり
episode2 ハイスピード草むしり
episode3 覚えてない、覚えてる
episode4 コーンフレークは硬めで
episode5 親の言い分 子の言い分
episode6 招かれざるヤツ現る!
episode7 オレの頭の上の避雷針
episode8 迫られる二者択一
episode9 義父の過去と実母のカレー
episode10 新婚写真のおもひで
episode11 妻と義母の食欲は成人男性並み
episode12 ハジメが倒れる3日前
episode13 罪滅ぼしの徹夜
episode14 点滴と家族と夕暮れと
episode15 義父からの看病
episode16 慣れない手つきで大ヤケド
episode17 主夫宣告

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