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<登場人物>
光野瞳(こうの ひとみ)
33歳。メガネ屋販売員

光野鏡輔(こうの きょうすけ)
67歳。メガネ職人

SE 都内の喧騒

瞳「(販売員風に)いらっしゃいませ。あ、こんにちは。はい、何なりと。こちらですか?  拝見してもよろしいでしょうか?」

瞳M「ある常連客が他店で購入したというそのセルフレームを持ち込んだのは先週のこと。東京は表参道にある路面店のメガネ屋で店長として働く私、光野瞳のもとにバフがけの注文がやって来た。バフがけとは経年劣化などで変色したメガネのフレームの表面を磨いてピカピカにすることだ」

瞳「あれ、このフレーム―」

瞳M「手にした瞬間、すぐにわかった。この質感、重さ、そしてどこか懐かしい刻印」

SE 鯖江駅のアナウンス

SE 階段を上っていく足音をバックに、

瞳M「翌週、連休だった私は北陸新幹線で東京から高崎、長野、金沢を経て、特急しらさぎでここ福井県鯖江市へとやってきた。近道の米原経由に敢えてしなかったのは、よく行く大阪のなんばへと向かう東海道新幹線からの風景に見慣れていたから」

SE 街中

瞳M「鯖江といえば言わずと知れたメガネの産地。駅の西口では赤い色のまんまるメガネのオブジェが出迎えてくれる。そこから数分のところにある路地裏、その一角に小さな工房がある。その名も光野工房。何を隠そう、私の実家だ」

SE 機械音

瞳M「聞き慣れた研磨機の音が近づいてくる。数年ぶりに見る、路面に背を向け仕事をするひとりの男性。なにも変わってない」

SE 機械のスイッチを切る音

鏡輔「なんだ、いたのか」

瞳M「父の名は鏡輔。メガネをすべて一から作って市場に出している。あまり職人らしくない顔つきで、67のわりに若く見える。あれ、また少しシワが増えたかな? このセルフレームにある刻印は鏡輔作、そう父の手作りによるものなのだ」

瞳「……ただいま」
鏡輔「はよしねや」
瞳「え?」
鏡輔「フレーム、持って来たんだろう?」
瞳「わかってるって」

瞳M「はよしねやとは福井弁で早くしろ、という意味。もともと東京に住んでいた私たち一家、だが父が母の実家である福井のメガネ工房を継ぐことになり福井へやって来た。おちょきん、じゃみじゃみ、つるつるいっぱい。それらの意味はわかっても、物心ついてから福井へやってきた私にはその独特なイントネーションをマスターすることがとうとうできなかった」

鏡輔「もう長いことこっちにいるが、なかなか使い慣れないな。まるで関西弁をマネてもすぐにバレる関東人と同じだ」

瞳M「とかぼやきながら、父はセルフレームを手に取ってじっと細部を見つめている。変色の具合やテンプルの開きから持ち主のことをイメージしているのだろう」

瞳「その人、ウチの常連さんで、けっこうこだわりが強いの。デッドストックのビンテージもたくさん持ってて―」
鏡輔「わかってる」
瞳「え?」
鏡輔「これを見れば、な」

瞳M「そう言うと父はセルフレームを器用な手つきで磨いていく。メガネ職人だが目は良く、もうすぐ古希だというのに遠近両用も老眼鏡も使わない。私はまだ33なのに今にもスマホ老眼が始まりそうだ。ま、目は悪い方が接客の際にお客様の立場になれるからそれはそれでいいのだが」

鏡輔「これくらい職場で何とかできないのか」
瞳「今はほとんどどこも他店のフレームにはむやみやたらに触れないようにしてる。今はいろいろ保証保証ってうるさいから。だからこうして外部にお願いしてるの」
鏡輔「実家を外部扱いか。それにしても成長するために必要なミスもできないなんて、後進が育たないだろう」
瞳「上司たちが若い頃はぜんぶ自分で直すのが当たり前だったんだけどね。どんどん自主性がなくなってきてるのは確か」
鏡輔「ますます世知辛くなっていくな」

SE 機械音(しばらく流す)

鏡輔「ほら、出来たぞ」

瞳M「やはり本物が磨くと違う。テンプルの刻印を消すことなく、また周辺の色合いとも全く差異がない。長年メガネ屋で加工をしてはいるが、ここまでの見事な色ツヤはどんなに場数を踏んでも未だ出せない」

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