シナリオ「は、ハ、歯!」

《登場人物》
白井恵那(28)(しらいえな)… 花奏和音
瀬良幹雄(34)(せらみきお)… 鹿島裕介
SE 歯の治療のドリル音
瀬良「では、お口を開けてください」
恵那「は、はい」
瀬良「(心配して)どうかしました?」
恵那「い、いえ」
瀬良「緊張しますよね。いつもの先生じゃないから。いいですよ、無理せず好きなタイミングで」
恵那M「わたしの名前は白井恵那。朝食を摂っているときに欠けて尖った親知らずが突如、頬の肉へ牙を剥いた。ゆえに居ても立っても居られず、行きつけの歯医者へ駆け込んだのだ」
瀬良「あー、これはひどい」
恵那「食べ物を噛むたび痛くて痛くて」
瀬良「大変でしたね。でも、もう大丈夫」
恵那「よろしくお願いします」
恵那M「彼の名は瀬良幹雄。この歯医者のイケメン院長だ。マスクをしてるのにダダ漏れのカッコよさ。わたしはいつも治療の際に廊下ですれ違うだけで、会話すらしたことがなかった。それがまさかこの人に診てもらう日が来てしまうなんて」
瀬良「早速、治療していきますね」
恵那M「正直、彼に口の中を見せたくなかった。生まれつき歯並びが悪いのだ。だから人前でニッコリと笑うことができない。ひとりのとき以外にマスクをしているのはそういった理由もある」
瀬良「大丈夫ですか?」
恵那「(口が開いたままで)え?」
瀬良「口元、かなりピクついてますけど」
恵那「(口が開いたままで)ええ?」
瀬良「あれ、麻酔してないんだけどな」
恵那「(口が開いたままで)大丈夫です」
瀬良「本当に?」
恵那「(口が開いたままで)はい」
瀬良「わかりました。続けますね」
SE 歯の治療のドリル音
恵那M「緊張からいつも使わない筋肉がフルで動いている。彼に変なところを見せたくないという思いがおかしな方向へ。ダメだ、落ち着け、わたし!」
瀬良「終わりましたよ。削ったので安心してください。炎症は数日で治まりますから」
恵那「ありがとうございます」
瀬良「痛みのほうはどうでした?」
恵那「いえ、ぜんぜん」
瀬良「うーん、多分神経が死んでますね」
恵那「ええ?」
瀬良「色から見て、だいぶ経ってるかと」
恵那「かれこれ5年の付き合いかな」
瀬良「痛いときはどうしてたんですか?」
恵那「鎮痛薬でなんとか。毎年梅雨の時期になると大変だったけど、今年はなぜか痛くなかったのはそういうことか…」
瀬良「白井さん、歯の状態を一緒に見てもらいたいのでこの手鏡を持ってください」
恵那「はい」
瀬良「それは僕の手です」
恵那「あ、すいません」
瀬良「おもしろい人だなぁ」
恵那「いったい何やってるんだろう、わたし」
瀬良「お気になさらず。はい、お疲れさまでした。では、口をゆすいでください」
恵那M「先生が助手と話すために席を離れた。それを見ていて気が抜けたのか、上を向いた次の瞬間、口に含んでいた水を誤っておもいっきり飲んでしまった!」
恵那「(豪快にむせて)」
瀬良「だ、大丈夫ですか?!」
恵那「す、すいません」
瀬良「器官に入っちゃったかな」
恵那「大丈夫です。あー、死ぬかと思った」
瀬良「ところで親知らずなんですが…」
恵那「はい」
瀬良「次、いつが空いてますか?」
恵那「もしかして…抜歯?」
瀬良「早めのほうがいいかと」
恵那「そう…ですか」
瀬良「来週の金曜は?」
恵那「…大丈夫です」
瀬良「わかりました。担当は僕が。いつもの先生にはその旨を伝えておきます」
恵那「え、院長先生が?」
瀬良「すいません、やはりいつもの先生のほうが安心ですよね。じゃあそのように―」
恵那「(声が裏返って)いえ、い、院長先生でお願いします!」
瀬良「(キョトンと)…わかりました。(フッと笑って)それにしてもおもしろい人だ。おかげで楽しい治療ができました」
恵那「ははは! …あ」
瀬良「素敵な笑顔ですね。いつも廊下ですれ違う時は俯いてるので、どんな方なのかと思ってはいたけど―」
恵那「ご存知だったんですか」
瀬良「すべての患者さんのことを気にかける、それが院長の仕事ですので」
恵那「―笑いたくないんです」
瀬良「え?」
恵那「こんな歯並びしてるから」
瀬良「きらいじゃないですよ、僕は」
恵那「え?」
恵那M「そう言うと彼はマスクを外してニッコリ笑ってわたしに歯を見せた」
瀬良「僕も生まれつきこのとおり歯並びが悪くて、前は笑うことが嫌でした。だからあなたの気持ち、よくわかります」
恵那「先生―」
瀬良「無理に笑わなくていいんです。あなたにはあなたの良さがある。僕でよければ、いつでも相談に乗りますから」
恵那「…ありがとうございます」
瀬良「では、またお待ちしてますね」
SE 歩き出す靴音
恵那「あの―」
瀬良「はい?」
恵那「どうして先生は笑えるようになったんですか?」
瀬良「それは…次の治療のときにでも」
恵那「はい!」
おわり
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