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《登場人物》
銀条映子  … 今西ひろこ
多治見優司 … 平野岬

※BGM1がスタートして、

映子「(吹替の声で)この金額じゃ納得できないわ。ねえ、わたしをどこの誰だと思ってるの? 坊や、出直してらっしゃい」

優司「(興奮しすぎで)おおお! 『疑惑の報酬』のクリスティーヌだ! じゃあじゃあ、次は『雨降る夜』のメアリーで!」

※BGM2に切り替わって、

映子「(吹替の声で)お願い、行かないで…私はあなたじゃなきゃダメなのぉ!」

優司「(恍惚で)うわぁ、めっちゃ最高」

※BGM3に切り替わって、

映子「(以降、素の声で)もう30年以上前だから、当時の声出ないのよ」

優司「プロの声優・銀条映子が対応するレンタルショップなんて…贅沢すぎる」

映子「元ね(と強調して)。今は見る影もない、ただのパートのおばちゃん」

優司「そんなことないです! あなた様の声にどれだけ元気もらってるか」

映子「キミだけよ、感動してくれるの」

優司「旦那さんとお子さん、その素敵な声をいつも聞いてると思うと羨ましい」

映子「仕事とプライベートは別。現実知ると幻滅するよ? で、きょうは何借りる?」

優司「ふふふ、『タワーラビリンス』と『ヘル・ウェポン』でござい」

映子「これまた渋いところ攻めるわね」

優司「映子さん、両方ヒロインの声だから」

映子「あ! 思い出した。『タワーラビリンス』は収録現場が大変だったのよ」

優司「え、どんな?」

映子「実はディレクターと先輩俳優が芝居のプランで揉めに揉めて、殴り合いのケンカになっちゃって」

優司「ええええ!」

映子「内緒よ?」

優司「この多治見優司、お口にチャックして墓場まで持ってきます。いやあ、それを知ってから観るとまた格別だなぁ」

映子「ところで会社のほうは? こないだ大変だって言ってたから心配だったの」

優司「やっと踏ん切りがつきました」

映子「―そう」

優司「うまくいくどうかはわからないけど、自分なりにやれることをただ精一杯」

映子「がんばって」

優司「じゃあ、また!」

映子M「返却BOXがあるのに、彼は私が吹き替えた洋画の話をしにわざわざここへ来る。業界を辞めて家庭に入った自分が子育てを終えた今、昔に戻れるこの職場で当時の話をすることが唯一の楽しみだった。ところが、異変は突然やってきた」

※BGM3がピタッと止まって、

SE 足音(慌てた感じ)

優司「(息切らして)映子さん!(と叫んで)」

映子「(来ると知ってて)…多治見くん」

優司「入口のアレ、ホントなんですか?!」

映子「…ええ」

優司「(焦って)じゃあ、もうすぐここは―」

映子「うん」

優司「(絶望で)そんなぁ」

映子「渋谷駅前の最大手だってレンタル辞めてリニューアルしちゃうくらいだから。ご多分に漏れず、だね」

優司「いくら配信が主流でも、ハードそのものまで無くすことないじゃないですか!」

映子「上が決めたことだからね。こーんなちっぽけな現場の声なんて届くはずない」

優司「てことは、映子さんこれからいったいどうするんですか? 他店へ異動とか?」

映子「それも考えたけど、近隣店舗みーんなレンタル撤退しちゃってるし」

優司「じゃあ、昔の声優仲間に声かけて―」

映子「誰とも連絡取ってないのよ。当時はケータイもまだマイナーだったしそれに…私はもうあの頃の人だから」

優司「そういうこと、言ってほしくない」

映子「え?」

優司「どうして自分で自分の才能や可能性を否定するんですか? あなたには人の心を動かす力がある。夢を与える人間がそんなこと言っちゃダメです!」

映子「多治見くん―」

優司「…すいません。きょうはこれ借ります」

映子M「彼はそう言って店を後にした。初めて見る、その寂しげな背中。そうこうしているうちに、最後の返却日がやって来てしまった」

SE 足音(ゆっくりと)

優司「…どうも」

映子「ちゃんと見納めできた?」

優司「はい」

映子「そう」

優司「これがラストの返却分です」

映子「たしかに確認しました」

優司「そして…これを」

映子「…え、台本?」

優司「戻ってきてください」

映子「多治見くん」

※BGM4がスタートして、

優司「実は転職したんです。映像会社、洋画吹替の製作担当に。ずっとやりたかった仕事だったから」

映子「こないだの踏ん切りって、そういう―」

優司「ただ、いわゆるB級洋画でして。ホントは全国公開系のものにしたかったけど」

映子「…………」

優司「声優っていうと、やっぱあの頃の人たちなんです。週末夜の洋画劇場、それ観て僕は育ってきたから。あ、企画書も持ってきました。どうぞ読んでください」

映子「とてもうれしい。でも、昔と今じゃ声優に求められてるものが違うし―」

優司「(吹替の声マネで) 私はあなたじゃなきゃダメなの!(※わざと棒っぽく)」

映子「(嬉しいけど)…ぜんぜん似てないよ」

優司「それくらい本気なんです、一緒に仕事してください! お願いします!」

優司M「しばし悩んだのち映子さんはテーブル上の企画書に手を伸ばし、ゆっくりと目を通した。そして―」

映子「…この金額じゃ、納得できないわ」

優司「え?」

映子「(吹替の声で)ねえ、わたしをどこの誰だと思ってるの? 坊や、出直してらっしゃい」

優司「映子さん―」

映子「(素の声で)ダメだ。やっぱり当時の感じが出せない。だから喉…整えないとね」

優司「…ありがとうございます!」

BGM4がフェードアウトして、

おわり

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