「ウソ」と「争い」でシナリオは出来ている
前回まで読み逃したあなたへ
(前編)シナリオは「誰か」の悩みを解決するためにある
(中編)シナリオも人生も自分から動くとおもしろい
〇ビルの屋上
男がステップの上にいる。
真下には道路や通行人が見える。
男「ちきしょう!!」
男は拳を握り、意を決してステップからジャンプした。
そして……
〇同・外階段
下っている記者・宇加賀井益代(うかがいますよ)と物書き・スダ。
益代「やっぱり戻ろう!」
スダ「いえ、これでいいんです」
益代「でもあのまま飛び降りたりされたら」
スダ「そしたらそこまでの人だったということです」
益代が顔をしかめ、足を止める。
スダ「どうしました?」
益代「あんた、見た目のわりに冷たいね」
スダ「そうですか?」
益代「あたしはあんたとは違う。困ってる人を見たらほっとけない。だからできる限りのことをしたいって思う。それは人として当然のことだと信じてるから。もし彼の身に何かあったら……ただじゃすまないのよ?わかってる?人の命がかかってるのよ?!」
スダ「どんなに相手のことを思ってアドバイスしても伝わることはほとんどありません。本人が変わろうと意識しない限り、その人は絶対変われないんです。変わりたくないならそのままでいい、それで幸せならば何の問題もありません。でももし少しでも苦しいと思っているのならばそれは違う。自分を変えられるのは自分だけ、他人は自分の思うようには変わってくれないんです」
益代「でも……でも……助けてあげたいのよ。だって、目の前で苦しんでる人を見捨てるなんて……あたしにはできない!」
スダ「気持ちは痛いほどわかります」
益代「え?」
スダ「でも世の中は甘くないんです。手を差し伸べても、その時だけがほとんどです。自分が落ち込んで止まっている間に他人はどこ吹く風でどんどん先へ進んで行きます。だからこそどんなにつらくても過去や現実をグッと受け止め、自分に厳しくしなきゃならないときが来るんです。ラクをしようとする自分やずっとこのままでいいと仕向ける自分と向き合って戦うときが来るんです。たいせつなのはそこから前へ進もうと戦うか、逃げて殻にこもり続けるかだと思います」
益代「…………」
スダ「今のは自分にいつも言ってることです」
益代「え?」
スダ「他人のことをとやかく言う前に、きれいごとを得意気に言う前に、自分にはそれがしっかりと出来ているのか?それをいつも考えています。気持ちが言葉や態度に出るように、書く文章にも作家の思いが出るんです。適当に書いたものや他からコピペしたものは必ず読者に見破られますから」
益代「おもしろい作品は作家が熱を入れて書いているってことね」
スダ「はい。そして何があっても周りのせいにはしません。今の状況はすべて自分が招いたことだと思ってます。そこからどうやって良い方向へ変えて行けるか、自分には何が出来るのかを考えています」
益代が来た道を振り返る。
スダは先へ進んでいく。
益代「待って」
スダ「行きましょう」
益代「さっき言ってた、もうひとつのアドバイスって何だったの?」
スダ「…………」
益代「実は気になってたの」
スダが足を止めて、
スダ「それはですね……」
男の声「教えてくれよ」
益代は驚いて振り返る。
スダは振り返らず、ニヤリ。
男はふたりの背後に立っていた。
飛び降りなかったのだ。
益代「あんた!!」
スダ「おかえりなさい」
〇屋上(回想)
ジャンプする男。
だが空中へではなく、屋上のほうだった。
そして外階段へ向かう。
〇もとの外階段
男「ずるいよ、お兄さん。もったいぶった言い方して」
スダ「べつにもったいぶってなんかいないですよ」
男「いったいどれだけの女を泣かせてきた?」
スダ「そうですね……」
スダが指折り数えようとして、
益代「マジメに数えなくていいから」
スダ「つらい過去は受け入れたんで」
益代「いや、そういう問題じゃない」
男「なかよしコントはいいから、残りのひとつを教えてくれないか?」
スダ「アドバイスはもうありませんよ」
益代「え?」
スダ「僕、ウソをつきました」
男「何だと?!」
スダ「あなたをこっちへ戻すために、ね」
スダがサムズアップする。
益代「ウソってどういうことよ?じゃあ、はじめからもうひとつのアドバイスなんてなかったってこと?」
スダ「いや、正確にはウソの意味を伝えようとしてウソをついたってことですね」
益代「ん?ん?なにがなんだかサッパリわからん」
スダ「ウソも方便ということわざがあるように、人生にはウソをつくことも必要だってことです」
益代「でもこの状況でウソついたら最悪の場合どうなってたか……」
スダ「いえ、戻って来ると信じてましたよ」
男「なんでわかった?」
スダ「さっきも言ったように、僕はあなたに戻って来いとは言わずにあえて突き放しました。心を試したんです。あなたが自分の心としっかり向き合えるのかどうかを」
男「だから自分の意志でここへ来るようにしたってことか。もったいぶった言い方はここへ来させるためのウソ」
スダ「はい、そうです」
男「ったく」
スダ「では、もうひとつのアドバイスをお伝えしましょう」
益代「結局あんのかい!宇加賀井益代が伺いますよ」
シナリオには「ウソ」が不可欠
スダ「おもしろい物語は登場人物がウソをつきます。むしろつかないことのほうが少ないでしょう」
益代「でもウソってあまりいいイメージがないわ。子どものころから親に正直者でいろって教えられたんで、ウソつけないから」
スダ「それはウソが自分を守るためか他人をだますために使われると思ってるからです。でも、シナリオは誰かを守るためにウソをつくことがほとんどです」
益代「誰かを守る……あ!」
益代が男を見る。
男「…………あんたにはお手上げだ」
スダ「試しに好きなドラマや映画を観てください。キャラクターが何かしらウソをついてます。たとえば刑事ドラマではたいせつな誰かをかばうためにわざとウソをつく悪人を演じたり、スパイ映画では誰かの命を守るためにわざとウソをついて自分の身を犠牲にしたりしてるはずです」
益代「言われてみればたしかにそうね」
スダ「普段、人は本音で話すことは少ないです。心の中で思ってることを外に出すことはエネルギーが要りますからね。会社では上司に言いたいことがあっても部下は角が立たぬよう遠慮してしまう。だから本人のいないところでグチを吐きます」
益代「そうそう、ビール片手に……ってなにを言わせるんじゃい」
【代表的な例】
<恥じらいをごまかすためのウソ>
・泣いてるのに「目にゴミが入った」と言う
<誰かを罠にハメるためのウソ>
・自分が悪事をしたのに他人がやったと言う
<空気を読むためのウソ>
・上司の誤りにわざと合わせる部下
<逆手に取るためのウソ>
・欠点を長所に変えるセールストーク
<相手の身を思うゆえのウソ>
・一緒にいたいのに「さよなら」と言う
<自分を大きく見せるためのウソ>
・「有名人と友達だ」と周りに自慢する
益代「たしかにドラマや映画でよく見かけるものばかりだわ」
スダ「このようにウソはつき方によっては人を喜ばせたり、傷つけたりするんです。現実世界でも物語の中でもウソはあふれているんですね」
男「………なるほど」
スダ「物語の中でつくウソは許されます。しかし自分をだますウソは許されません。一度きりの人生、やりたいことがあるなら小さな一歩から踏み出すことです。自分にウソをついた分、後で大きな代償を払うことになります。自信を失い、夢をあきらめ、自分を追いつめて最後に向かう先は……」
スダが突然、黙り込む。
男「続けろよ」
スダ「永遠の絶望でしょうね」
益代「…………」
男がうつむく。
スダ「さて、最後になりますがウソと同じくらい人生にもシナリオにも避けられないことがあります」
益代「今回2回目の、宇加賀井益代が伺いますよ」
スダ「それは争いです」
益代「争い?」
スダ「人は争う生き物なんです」
人はいつも何かと争っている
益代「争いってなんかイヤな響きね」
スダ「ところで益代さん、さっきの会話覚えてますか?」
益代「さっきって今回3話連続コラムだからどこのシーンかしら」
スダ「この記事の冒頭部分です」
益代「あ、自分を変えられるのは自分だけってとこね」
スダ「はい。見事にふたりの意見が割れましたよね?益代さんは困ってる人がいたら何が何でも絶対に助けようとし、そのために全力を尽くす。僕は困っている人とある程度距離を保って、最後は本人の意志で変わろうとするようにアドバイスをする」
益代「たしかに助けようとする気持ちは同じだけど、やってることはぜんぜんちがう」
スダ「それが自然なんです。誰もが自分の考えを持っているように、キャラクターにもそれぞれ考えがあるんです。おもしろいシナリオには意見のぶつかり合いがあります」
益代「でもそれじゃあ何が正しいかわからないじゃない」
スダ「正しい答えなんてきっとないんです。それはまるで接客のように状況によって変わるものなんです。どっちか正しいかもしれないし、どっちも間違ってるかもしれない。人の考えはみんな違ってて当たり前なんです。自分の心と争ったり、相手と気持ちをぶつけ争うことで、いったい何が問題なのかを浮き彫りにするのがシナリオであり、人生であると思ってます」
<シナリオでの争い>
キャラの意見はみんな違う。
それは現実の人たちと同じように、生まれも育ちもすべて違うから。
違うからキャラも自分や他人とぶつかるが、それによって物語のテーマが何なのかがわかる。
男「今回、屋上でのあんたとのやり取りも争いだったってワケか」
スダ「はい」
男「何が正しいことなのか、ずっと考えてた。でもぶつかりながら自分なりに探していけばよかったんだな」
スダが時計を見る。
スダ「そろそろ行かないと」
益代「そうね」
スダ「ということで、あまり無理しないでください」
男「…………ありがとう」
訪れる静寂。
男「実は俺からもひとつ伝えたかったことがあるんだけど」
が、スダと益代には聞こえなかったのかそのまま行ってしまう。
男はふたりを見送って……
男「もっと早く会っとけばよかった」
〇レストラン
益代とスダ、やってくる。
益代「ギリギリセーフ」
スダ「あの席にしましょう」
女性店員がやってきて、
店員「ご注文を」
益代「ランチを2つ」
店員「かしこまりました」
益代、水を一気に飲む。
益代「あーーーーウマい!」
スダ「マラソンした後ですからね」
益代「あんな階段コースは初めてだわ」
スダ「まだああいう外階段あったんですね」
店員の声「外階段?」
先ほどの店員が突然声をかけてきたことに驚くふたり。
益代「え、ええ。すぐそこを曲がったところの」
店員「あのビルならもう取り壊されて更地になってますけど?」
スダが口に含んだ水を吐きそうになる。
スダ「それどういうことですか?」
店員「あのビルはもうずっと前から廃ビルで中に誰もいなかったんです。ただ……」
益代「ただ?」
店員「よく若い男の人を見かけました。まるで死んだような顔でいつも外階段に座ってなにか読んでました。わたしここ長いんで、通勤で毎日その道を通ってるんですよ。作家さんだったのかな?」
益代「その後、彼はどうなったんですか?」
店員「いえ、そこまでは。とくに取り壊しの前後で何のニュースにもならなかったですし、どこかへ行ったんじゃないですか?」
〇ビルのあった場所
立ちつくす若い男。
目の前は更地になっている。
風が吹き抜けていくだけ。
男「…………ウソ、ついちまった」
やがて男は消えていき――
〇もとのレストラン
スダと益代、目を合わせる。
益代「すいません……あたしたち……」
スダ「お腹いっぱいです!!」
<屋上説得編 おわり>
このコラムはフィクションです。
人生観や価値観はあくまで物書き・スダの視点で書いております。
あらかじめご了承ください。
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