チャリT企画 舞台「うちのばあちゃん、アクセルとブレーキ踏み間違えた」鑑賞
キャスト・スタッフ
阿比留丈智
みずき
哲
(以上、チャリT企画)
石本径代
髙安健人
埴生雅人
梶野 稔
山崎未来
山中淳恵(椿組)
溝畑藍(虚構の劇団)
すやまあきら
大里結衣
作・演出:楢原拓(chari-T)
画像出典:みずき様
あらすじ
「アクセルとブレーキ踏み間違えた!」
電話口でそう言い残し、おばあちゃんが音信不通になった。
舞台となる双葉家は要町にある昔ながらの家屋だ。
父・正志(演:梶野稔)と母・素子(演:石本径代)はそのおばあちゃんからの電話にソワソワしている。
そこへ長女の葵(演:溝畑藍)が恋人の一ノ瀬(演:埴生雅人)という青年を連れてきた。
何やら大事な話があるという。
しかし、おばあちゃんが「アクセルとブレーキを踏み間違えた」という一件でなかなかそれどころじゃない。
そこへ長男の淳(演:すやまあきら)がすき家のバイトから帰って来る。
彼は夢を見たという。
それはおばあちゃんの乗った車が崖からダイブするというもの。
実は以前にも東日本大震災や東京オリンピック延期を夢で予知していたが、さすがに今度の内容はあまりに突飛すぎている。
正志たちはおばあちゃんの行方を探すが、免許証は家に置きっぱなしで、ケータイもつながらない。
とその時、外線が鳴った。
おばあちゃんからの電話かと思いきや…
かけてきたのは叔母の緑(演:山中淳恵)。
彼女のもとにもおばあちゃんから着信があったが出られず、折り返しても繋がらないため不安になって正志のところに電話したのだという。
やがて正志の家へ駆けつけた緑。
淳はSNSにおばあちゃんが起こした事故の情報がないか書き込みをし、拡散させることに。
このとき、「アクセルとブレーキを踏み間違えた」というフレーズを入れてしまった。
(身バレしないように裏アカウントでツイートするあたり、ちゃっかりしている)
するとそれを見たネット民が騒ぎ出した。
突如、昼寝をしている男のもとに一本の電話がかかってくる。
「あなた、双葉淳さん?」
どこの誰かもわからない男性の声。
「そうだ」と答えると、「祖母が事故を起こしてるんだから、孫のお前が責任取れ!死ね!」と暴言を吐かれる始末。
突然のことに首を傾げる淳。
しかし彼の祖母は随分前に亡くなっているため心当たりがない。
何と彼の名も双葉淳(演:阿比留丈智)。
だが電話を受けた彼はアツシという読みであり、さきほどSNSにツイートしたのはジュン。
そう、ふたりは名前の漢字がまったく同じだったのだ。
アツシは佐藤大樹(演:みずき)とコンビを組んでYouTuberをしている。
(なぜかアツシはひよこの格好で、キャラを演じているときは語尾にピヨが付く)
受けたとばっちりの腹いせに、ふたりは復讐を決意。
罵声や暴言をスクショし、アカウントの主を特定していく動画をアップしようと画策する。
(悪い奴らを親子丼にしてやるピヨ!)
大樹の先輩で、デジタル探偵をしている田中(演:髙安健人)の力を借りて、つぶやき五郎というアカウントの身元を突き止める。
彼はどこにでもいる中学教師だった。
田中は弁護士と騙り、彼を問いただす。
ところがつぶやき五郎は悪びれるどころか、そのウソの情報を流したヤツのほうが悪いと言って開き直る始末。
結局は堂々巡りに終わってしまう。
こんなやり取りがきょうもいろんなところで行われているのだろう。
スッキリしないアツシはもうひとつの仕事、UberEatsの注文を受ける。
マックフライポテト5個の配送依頼。
注文したのは何とジュン!
さっそく3人は双葉家に突入しようとするが、緑の提案で留守を決め込まれて仕方なく一度撤退することに。
すると葵のもとに電話が。
三田(演:山崎未来)という女性からだ。
彼女はかつて葵がセブンイレブンでバイトしていたときの同僚で、現在は一時の母。
その息子の翔が行方不明になったので探しているという。
SNSの情報は過熱し、おばあちゃんがレンタル彼氏を乗せて園児を轢いてしまった内容に姿を変えていた。
(ネット民が「出来事にはある程度の捻りが無いとおもしろくないから」と、どんどんねじ曲がった内容になっていく)
もしかしたらその轢かれた園児は我が子なのではないかと疑心暗鬼になっている。
やがて三田はSNSの情報を頼りにアツシの家へ辿り着き、事件の真相を彼に問い詰める。
そこへレンタル彼氏の彼女・小林七海(演:大里結衣)がやってきて、彼氏の居場所がどこかアツシに聞いてくる。
さらにレンタル彼氏の彼氏・鈴木優馬(演:哲)も彼氏の居場所を聞くためにやってきてしまい、アツシの家はてんやわんや。
果たして双葉家のおばあちゃんは本当にレンタル彼氏を助手席に乗せ、さらには園児を轢いてしまったのか?
早とちり&過ぎた正義感
本作は茶番コメディと銘打っているが、実のところブラックコメディだと思っている。
アクセルとブレーキを踏み間違えた祖母の行方を探ろうと孫息子がSNSに詳細情報を求めた結果、とんでもない出来事を引き起こしてしまったという顛末。
これは明日、いや今誰の身に降りかかってもおかしくない。
この世で最も怖いのは事件を知った者たちが真実をロクに調べもせず、情報を鵜呑みにしてすべてを知った気になって正義を振りかざしているところ。
あなたは「誰々さんがあなたのことをこう言っていた」と言われた経験はないだろうか?
(で、そのほとんどはロクでもない内容)
それをそのまま言葉通り受け取ってしまうととんでもない目に遭うということだ。
果たしてその内容は事実なのか?
ひょっとして又聞きではないのか?
立ち止まって考えなければならない。
これは職場での陰口も同じだ。
思っていることがあるならば直接本人に言えばいいのに、ほとんどの人はそれをしない。
衝突がイヤなのか、度胸がないのか。
昔、「マジカル頭脳パワー」というクイズ番組でアート伝言バトルなるものがあった。
内容はお題の絵を音楽が流れている数秒の間に描き、いかに次の人へ正確に伝えられるかを競うもの。
最後の人物がお題の絵の内容を正確に答えられると正解になる。
お題を出す者と最初にそれを受け取った者は正解を知っているが、2人目3人目になると描く絵がどんどんおかしな方向へ進んでいく。
これは絵心の有無や前の人が描いた絵が何かをわかっていないため、勝手に自分の解釈で歪めていってしまうのだ。
最後の解答者が正解(と思っている)の絵を描くも、お題とは大きくかけ離れた場合が多い。
つまり人の噂はどんどん尾ひれがついてしまうということ。
現に本作では、おばあちゃんがアクセルとブレーキを踏み間違えた→その車の助手席に若い男もいた→幼い子が行方不明になったのはその車に轢かれたから→その現場には帽子と靴が転がっていた
さて、どこまでが事実か?
それほど伝聞は怖いものだと心得なければならない。
そして我々人間はいかに流されやすく、人を傷つけることができる怖い生き物であるかを日々自覚しなければならない。
考えてほしい。
自分とまったく関わりのない人の素性や起こした出来事の真相や全容を、間接的な報道や情報だけでなぜすべてわかることができようか?
関心を持って自分の意見を持つのは大切だが、事の真相を知ることはおそらく永遠に出来ないと思うのだ。
結局は出来事を起こした当人たちにしか詳細や真意はわからないのだから。
(当人が正直者であればの話だが)
ならば何でも真正面から受け止めてしまう前に、なぜその話題が今この世の中に広まったのか?という部分を自分なりに推測したほうがいい。
あいにくこの世には白か黒か、0か100かだけでは推し量れないものばかり。
たまたま現場に居合わせたか目撃したならまだしも、常に疑うという姿勢を我々は持たないととんでもない過ちを犯してしまうことを忘れてはならない。
人の噂も七十五日とはよく言うが、今日のネット社会に果たしてそれが通用するのか?
その答えは誰にもわからない。
これから待ち受けている日々
ネタバレ注意
事態の収拾がつかなくなったアツシたちは双葉家へ向かった。
居間にメンバー勢ぞろい(笑)
事態を重く見た一ノ瀬は、正座で痺れた足を生まれたての小鹿のようにガクガク震わせながら今回の件を謝罪する。
と、悠馬のスマホが鳴る。
どうやらレンタル彼氏はずっと家にいたようだ。
(しかもレンタル彼氏が付き合っていたのは七海でなく悠馬のほう)
そして三田にも電話がかかってくる。
息子の翔は、麻里矢という園児仲間とかくれんぼしている最中に押し入れの中で眠ってしまったそうだ。
やがて双葉家に病院から電話が。
おばあちゃんはなんとアクセルとブレーキを踏み間違えて、車ごと崖から転落していたのだ。
つまりジュンは正夢を見ていた!
しかもおばあちゃんは奇跡的に無傷であり、ピンピンしているという。
では、あれだけ過熱していた情報はいったい何だったのか?
アツシたちはふたりの双葉淳が会う動画をアップしたかったが、固辞されてしまいあえなく撤退。
(デブ専の緑はアツシに惚れたみたいだが)
事態が落ち着き、平和が訪れた双葉家。
正志と素子は葵が言っていた大事な話が何かを彼女に問う。
それは一ノ瀬との結婚だ。
「当人同士で決めることで、親が介入することではないから」と正志と素子は笑顔で承諾。
晴れてふたりは夫婦となり、幸せな生活を迎えていくかに見えたそのとき―
全員のスマホが一斉に鳴った。
非通知からの着信。
「お前が事故の責任を取れ!」
「死ね!」
数多幾千の罵声が響き渡る。
とうとう身バレした双葉家。
ジュンはほとぼりが冷めるまでバイト先に来るなと店長に言われる始末。
さらにアツシも再びジュンだと間違われ、三田も息子を自作自演で虐待していたとあらぬ疑いをかけられてしまうひどい有り様。
果たしてこれからどうなるのか?
彼ら彼女らが待ち受ける地獄の日々はたった今、始まったばかりだ。
画像出典:チャリT企画様
皮肉なネタの数々
ひとつのツイートと漢字の同姓同名が波紋を広げて巻き起こる惨劇。
私も同姓同名の漢字でサッカー選手、料理人、美容師がいる。
いずれの人物とも名前の読みは違うが、こんなことが現実に起こりそうで怖い。
さて、本公演は開演前から皮肉すぎる選曲の数々がなされている。
確認できただけでも、
「渡る世間は鬼ばかり」
「コンピューターおばあちゃん」
「いじわるばあさんのテーマ」
ご年配の女性を想起させるオンパレードではないか!
絶対意識してるよね(汗)
もしかすると双葉という苗字は、若葉マークから来ているのか?
(いや、ひょっとしてひょっとするともう一方のマークとか)
何より舞台が池袋のお隣・要町だったり、園児に車が突っ込んだというくだりがあったり、そこまでストレートに風刺をぶっこんでくるとは思いもしなかった。
主宰はなぜそこまで攻めるのか?
答えはTwitterの概要欄にあった。
「マジメな時事・社会問題を軽妙に笑い飛ばすふざけた社会派」
……納得。
一方で感動したのは、音響関係の演出。
着信音にテレビのザッピング音(これが実に芸が細かくて素敵)、なにより舞台上にあるスピーカーの位置が緻密に計算されているのでスゴかった。
(ジュンの着信音は「ファンタジア」だろうか?さらに映画「サスペリア」っぽい劇伴も流れたような気が)
客席上限50%のなかで
意外にも私が観に行った日はご年配の観客が多かった。
(これはあくまで主観によるものであり、他の日の観客の年齢層がどうだったかまではわからない)
ほとんどの映画館が休業になるなか、現場の舞台だっていつそうなってしまうか。
そのギリギリの際どいラインの上でたくさんの人たちが生きている。
私はそういう人たちを一人でも多く救いたい。
人々に「生きるとは何か?社会とは何か?」を示す演劇がなくなってしまっては困る。
なので今回客席50%という上限のなか、問題提起の舞台作品を拝見できたことがとてもうれしかった。
これからもこういった作品に触れながら、日々いろんな難題や不条理に向き合っていかなければならないんだと改めて気づかされた。
こーんな不穏な世の中の空気、ぜんぶまとめて親子丼にしてやるピヨ!
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