見なれた町 見慣れぬ街 第2話
第1話のシナリオはこちら
〇真央が勤める会社・外観(夕)
〇同・オフィス(夕)
真央がやってくる。
真央「お待たせしました」
綾「ごめんね、呼び出しちゃって」
真央「いえ、いいんです」
綾「例の一画の住人たち、未だ反対してるでしょう? 何か良いアイデア出せって上が」
真央「再三説得はしてるんですけどね―」
綾「わかってる」
真央「でも、至らないのは私ですし」
綾「自分を責めないで。ウチもそうだから」
真央「ありがとうございます」
綾「いくつか案を出そう」
真央「わかりました」
真央と綾がデスクで案を練り始める。
真央「見慣れぬ街か―」
綾「え?」
真央「私たちはこういう町を見慣れてるけど、現地の人からすれば見慣れない街に感じるんじゃないかと思って」
綾「…………」
真央「思い出も何もかもなくなる気がして」
綾「―なるほどね」
真央「すいません、ただの独り言です」
綾「ところで真央ちゃん、最近地元帰った?」
真央「何ですか、急に」
綾「うん、実はよく行ってたおいしいレストランがあってね。そこ、私が生まれる前から両親が行きつけにしてたところだったのよ。でも、区画整理で立ち退くことになって」
真央「移転されたんですか?」
綾「ううん。閉めちゃった」
真央「ええ?」
綾「店長の体調が良くなくて、前から店を畳むって話もあったからそれも味方しちゃって」
真央「なるほど」
綾「もう過去の話だけど、常連がネットにもうすぐ無くなるって呟いたら長蛇の行列が出来ちゃって。いつもそれなりに行列は出来てたんだけど、最後の数週間は連日何時間待ち状態だったんだって。まるでどっかのテーマパークみたいに」
真央「なのに閉めちゃったんですか?もったいない」
綾「バイトしてた子から聞いたんだけど、ずっと同じ場所でやってきた歴史や思い出や雰囲気を失うくらいなら、やめた方がマシだって店長が言ってたそうなのよ」
真央「…………」
綾「それ聞いて、その場所にしかないものって大事なんだなぁって思ったの」
真央「なるほど」
綾「人の心って都合良く出来てて、失うとわかって初めてその大きさに気づくようになるのよね。だからこの仕事してるといつも思うんだよね。何のために再開発してるんだろうって。で、家族と閉店する前にその店行ったんだけど……この仕事してることをどうしても言えなくってね」
真央「…………」
綾「ひょっとして心当たりある?」
真央「い、いえ。私はまだそういうのは―」
綾「自分が若いって言いたいんでしょ」
真央「別にそういうわけじゃないですけど」
綾「いいね、真央ちゃんは実家近いから。同じ東京でしょ?」
真央「近すぎると逆に行かないんです。いつでも帰れるって思っちゃうんで」
綾「またまたそんなこと言っちゃって。家族を大事にするんだよ?」
真央「……はい」
綾が部屋を後にする。
帰ろうとする真央。
真央が再開発区域の地図を取り出して確認する。
真央「(呟くように) 田辺―田辺―」
指で地図上にある世帯主の名をなぞっていく。
〇高層マンション・前(夜)
高層マンションの前に立つ田辺、じっと上を睨んでいる。
平川の声「あれ?コウちゃんかい?」
田辺「え?」
平川茂之(49)である。
平川「オレだよ、平川」
田辺「……シゲちゃん?」
平川「そう」
田辺「シゲちゃんか! 久しぶりだな!」
平川「何かお前……老け込んだな」
田辺「うるせえな!そういうお前も腹出てるくせに」
平川「幸せな証拠だよ。それにお腹出てたほうが長生きするっていうだろう。老後のために蓄えてるんだ。いわゆる脂肪貯金」
田辺「ぜんぜん笑えないぞ」
平川「お互い様だろ。何年ぶりだよ」
田辺「(指折り数えながら) 約20云年かな」
平川「ひょっこりいなくなって、ったくどこ行ってたんだよ」
田辺「まあ、それは追々。なあ、家ってこの辺なのか?」
平川「うん」
田辺「お前ん家、ちっちゃいからこの辺りじゃ大変だもんな」
平川「あのさ、コウちゃん―」
田辺「かっちゃんちもなくなっちゃって……まるで別のとこに来ちゃった感じでさ」
平川「え? 知らないの?」
田辺「何が?」
平川「かっちゃんち、潰れてないよ」
田辺「は?」
平川「ほら、そこ」
田辺「え?」
キレイな外観に『KACCYANCHI』の洒落た看板。
内装も流行りのインテリア。
不釣り合いそうに駄菓子が並んでいる。
平川「カツエばあちゃんとこ大金持ちでさ、進んで再開発に賛成して今じゃあんなんだよ。あれで結構盛ってるんだ。俺たちのときみたいな昔ながらの古い店よりもああいうのが今どきの子どもには受けるんだろうね」
田辺「…………」
平川「時代も変わっていくんだな」
田辺「なんだかうれしいやら悲しいやら、どんどん変わっていって」
平川「そうだな」
田辺「今度の業者のとこ行って―」
平川「(遮って) とっても感謝してるよ」
田辺「だろ? ……って、え?」
平川「家、ここだから」
田辺「何だって?」
平川「すごく住みやすいんだ。頑丈な建物だから災害が来ても問題ないし、治安も良いし。はじめはどうかって思ったけど、今じゃ住めば都だよ」
田辺「…………」
平川「寄ってくかい? スカイツリーほどじゃないけど、なかなか良いのが観られるぞ」
田辺「駅前のビジネスホテル―とっくに予約してあるから」
平川「ホテル? 実家に帰って来たんじゃないの?」
田辺「―まあな」
平川「あれ? 引っ越したのか?」
田辺「まあ、そんなところ」
〇真央の夢の中
誰もいない電車の中にひとり。
外は明るい。
やがてホームに到着し、下車する真央。
駅前に大きなショッピングモール。
ところがほとんど人はいない。
もはやゴーストタウンと化している。
歩いていくと真央はいつの間にか荒廃したシャッター街のアーケードにいる。
ところどころに『再開発反対』の横断幕。
真央「…………」
何者かの気配。
商店街の住民たちが真央を睨んでいる。
真央は恐怖のあまり動けない。
住民「ウチらの町をこんなんにしやがって」
真央が逃げようとするも、あっという間に周囲を囲まれてしまう。
住民たち「出て行け! ここから出て行け!」
真央「私は―私は!」
真央が頭を抱え込む。
聞こえてくる駅の発車メロディ。
〇電車の中(夜)
真央、ハッと目を覚ます。
ホッとしたのも束の間、ドア上のディスプレイで駅を確認する。
真央「!」
慌てて降りようとする真央。
が、間に合わず目の前で閉まるドア。
周囲の乗客たちが何事かと見ている。
赤面の真央で―
〇真央の住むアパート(夜)
スマホを操作する真央。
ディスプレイに映る家族のフォト。
真央「…………」
『母さん』。
が、電話をかけることが出来ない。
スマホの画面が消える。
(第3話につづく)
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