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〇楽器店・内
店員として働いている荒井真弓(36)。
ボーイッシュな出で立ち。

所狭しとディスプレイされたギターやマンドリンたち。
真弓は楽器を修理したり、チューニングしたりしている。

真弓「休憩いただきます」

ふと真弓がポスターを見る。
マンドリンを抱えたおしゃれな女性が写っている。
満面の笑みを浮かべた女神。

『神楽詩乃 マンドリンコンサートツアー2019』。

〇同・事務所裏口
太陽の下。
真弓がマンドリンを奏で始める。

その旋律は『序曲』だ。

序曲1番イ長調 k.ヴェルキ

(※Az Nishi様より拝借)

腕前はなかなかのもの。
物陰から何者かがその様子を見ている。
が、すでに音色の世界に浸っている真弓は気づいてない。

真弓「…………」

〇ギターマンドリン部・部室・回想
前のシーンから音色はつながったまま。
マンドリンを奏でている15歳の真弓。
顧問・崎谷唱子の指揮のもと、他の部員たちも『序曲』を演奏している。

真弓の声「部長として同級生や後輩たちを引っ張っていくのは大変だったけどやりがいがあった。主旋律を奏でるマンドリンパートの自分と重ね合わせたりして」

激しい曲調の楽章を奏でるマンドリン、マンドラ、マンドセロのトレモロ。

真弓の声「トレモロ、それはおもにマンドリンなどの弦楽器における奏法のひとつ。同一音の急速度な反復。ふるえるように聞こえる。震音」

落ち着いた曲調の楽章を奏でるギターのアルペジオ。
コントラバスのベースも心地よく響く。

真弓の声「アルペジオ、それはおもにギターなどの弦楽器における奏法のひとつ。和音を構成する音を一音ずつ低いものから(または、高いものから)順番に弾いていくことで、リズム感や深みを演出する演奏方法」

〇もとの裏口
と、突然近くで物音がする。
ハッと我に返る真弓の演奏が止まる。

何者かの影が見えた!

真弓、慌てて後を追いかけるも姿は見えない。

真弓の声「きっと誰の人生にもトレモロのように心が震える瞬間も、アルペジオのように心が上下する瞬間もあるはず。それはおそらくこのわたしにも―」

真弓、何かを見つける。
そしてそれを手にして―ハッとする。

〇タイトル
「10人のトレモロ・アルペジオ」

〇楽器店・内
真弓、働きながら何かを考えている。

真弓の声「かのロドリーゴはギターとオーケストラを組み合わせた名曲を書いた」

ロドリーゴ – アランフェス協奏曲

真弓の声「かのカレン・カーペンターはドラムを叩きながら名作を歌った」

Carpenters – Rainy Days And Mondays

真弓の声「だからマンドリンで名曲を奏でるアーティストがひとりくらいいてもいいと思った。それがわたしの夢のはじまりだったのだが―」

バンドスコアが並んだ本棚を掃除している真弓、ふと視線を上げる。
先ほどの告知ポスターがそこにある。
まるでポスターの女性に見下されてるようで―

〇車の中(夜)
運転している真弓。
と、例のポスターに目が留まる。

〇コンサートホール・外観(夜)
正面玄関前の道で停まる乗用車。
車を降りた真弓が建物を見つめている。

詩乃の声「いまリハーサル終わったとこ」

驚いた真弓が振り返ると、そこに女性がいる。

神楽詩乃(36)だ。
そう、ポスターの女性と同一人物。
風貌から漂う、いかにもな要領の良さ。

真弓「………詩乃」
詩乃「ちょっと寄ってってよ」

〇同・中(夜)
大ホールの扉の前に真弓と詩乃。
中をのぞく真弓、別世界が広がる。

真弓「コンクール以来だね」
詩乃「いっしょにリサイタルやったじゃん。小ホール借りて」
真弓「……そうだったね」
詩乃「バイト代出し合って、なんとか人呼んで。なつかしいなぁ」
真弓「公演、明日だっけ」
詩乃「そうそう。故郷に錦を飾れてうれしい」

真弓、大ホールの扉を閉める。

詩乃「もう一度、一緒にやらない?」
真弓「え?」
詩乃「Shino-Mayu」
真弓「仕事、忙しいから」
詩乃「もったいないよ」
真弓「有名になれて良かったじゃん」
詩乃「真弓がいなかったらどうなってたか」
真弓「今さらどうして?」
詩乃「あなたの音色があればもっともっといい曲を奏でられる」
真弓「…………」
詩乃「今度こそ夢が叶うのよ?」
真弓「今の生活、意外と楽しいし」

真弓が行こうとするが、足を止める。

真弓「そうだ……これ、忘れ物」

詩乃に何かを見せる。
演奏用ピックである。

真弓「わたしの職場では扱ってない」
詩乃「だから?」
真弓「だってこれはリサイタルのとき、ピックを忘れた詩乃にあげたものだから」
詩乃「…………」
真弓「まさかここに来るよう仕向けた、なんてことないよね?」
詩乃「その腕が落ちてなくてホッとした」

その瞬間、真弓はすべてを悟った。
詩乃がフッと笑みを浮かべる。

詩乃「あ、そういえば私からもこれ」
真弓「え?」

チケットである。
『神楽詩乃 マンドリンコンサートツアー2019』の文字。

詩乃「忘れ物じゃないからね」

〇アパート・真弓の部屋(夜)
ポツンとひとりきりの真弓。

真弓が机の奥からチラシを取り出す。
それは手作り感満載のパンフレット。

『Shino-Mayu』。

若き日の真弓と詩乃の写真がモノクロでプリントされている。

謳い文句は『名門女学院のマンドリンギター部出身、新進気鋭のふたりが織り成す絶妙なハーモニー』。

真弓の声「中学時代に東京の音楽コンクールでライバル視していた名門女子高にまさか自分が入学するとは思わなかった。理由はマンドリンの弾ける部活はメジャーな陸上部や野球部とは違って、皮肉にも近場でそこしかなかったから」

写真のふたり、マンドリンを抱えている。
どこかぎこちない笑顔の真弓。
爽やかな笑顔の詩乃。

真弓の声「駅前で路上ライブしていたわたしに声をかけてきたのが同じ高校の詩乃だった。ユニット名が彼女の名前から始まるように、リサイタルができたのも彼女が持つ妖しい魅力のおかげだった」

どこか垢抜けず地味な真弓。
対照的に、都会的でおしゃれな詩乃。

真弓の声「現在のわたしたちがどうしてこうなったのかはこのときのふたりを見てもらえればわかる」

真弓、ふと中学時代の卒業アルバムをめくる。

ギターマンドリン部の集合写真のページ。
顧問の唱子や同級生たちとともに写っている笑顔の真弓で―

〇楽器店・別の日の夜
※第3楽章ラストシーンのつづき。

いつものように真弓が働いていると、

弦一の声「やっぱりそうだ」
真弓「!」

目の前にいるのは久石弦一(36)。

弦一「久しぶり、部長」
真弓「………久石くん」

〇同・出入口(夜)
自販機で缶コーヒーをふたつ。
真弓と弦一、乾杯する。

真弓「古内のヤツが?」
弦一「ああ」
真弓「どうせ2ndマンドリンの美音ちゃんに逢いたいっていう下心からでしょ」
弦一「絶対それだ。わかりやすいから、アイツ」
真弓「子どものころから変わってないし」
弦一「あ、部長はアイツと同じ小学校だっけ」
真弓「奏太郎ぼっちゃん、有名だったから」
弦一「わかる気がする」

弦一が小銭を真弓に渡そうとするも、

真弓「いらない。わたしのおごり」
弦一「いや、でも」
真弓「元部長からの命令聞いて」
弦一「自分で言うか、それ」
真弓「ところで日程は?」
弦一「まだ」
真弓「崎谷先生には会いたいけど、予定がわからないんじゃ動きようがないな」
弦一「わかる」
真弓「久石くんも行かないの?」
弦一「正直なところ、迷ってる」
真弓「そっか」
弦一「部長はなにか予定でもあるのか?」

詩乃の声「もう一度、一緒にやらない?」

真弓「……ちょっとね」
弦一「オトナになるといろいろあるよな」
真弓「てか、行く人いるの?」
弦一「奏太郎ぼっちゃんと琴恵ちゃん」
真弓「あ、千住さん来るんだ」
弦一「娘さんはギタマン部だって」
真弓「どおりで歳とるワケね」
弦一「自分たちの子ども世代が同じ部活って嬉しいようでなんか悲しいな」
真弓「わかる」

ふたりともコーヒーをそれぞれ一口飲んでため息ひとつ。

〇コンサートホール・大ホール(夜)
T「翌日・コンサート当日」
素敵な音色を奏でている詩乃のマンドリン。
アランフェス協奏曲のように、バックのオーケストラも加わっていって―

終演そして拍手喝采。
出入口付近はたくさんの人だかり。

その中にいる真弓。

真弓「…………」

詩乃の声「真弓」

ドレスの姿の詩乃がやってくる。
真弓、とっさに何かを後ろ手に隠す。

詩乃「来てくれたんだ」
真弓「すごく良かったよ」

詩乃、視線を窓のほうへ。
反射した灯りが真弓の後ろ手を映し出す。
コンサートのチケットだ。

が、半券の先は切られていない。

詩乃「……そう、よかった」
真弓「さすがプロは違うね」
詩乃「真弓ほどの腕前じゃないよ」
真弓「またこっちへ来た時は呼んでね」

真弓が行こうとして、

詩乃「あの話、返事待ってるから」
真弓「…………」

詩乃が去っていく。
振り返らずに歩いていく真弓で―

〇優歌の勤めるオフィス

昼下がり、ネットの記事を見ている女性。
詩乃のコンサートにまつわる内容だ。

優歌の声「この人ってたしか真弓の―」

服部優歌(36)である。

<第5楽章 服部優歌につづく>

このシナリオはフィクションです。
実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。

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