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キャスト・スタッフ

藤谷ミキオ … 仲井真徹
セーラー … 春山椋
ブレザー … 佐藤沙千帆
ロリータ … 井上実莉
ナース … 田中あやせ
ネグリジェ  … 美里朝希
ヤンチャ … ゆにば
ポリス … 宮島小百合
マリア … 小嶋直子
オーエル … 山田梨佳
桜子 … 難波なう
藤谷道成  …  斉藤マッチュ
カワチ … 谷沢龍馬
峰 … 山谷ノ用心
キョーコ … 三浦真由
河原昴 …  藍澤慶子

作・演出:中島庸介

出典元:キ上の空論様

あらすじ

舞台はアパートの一室にあるベッド。

壁や床が青く塗られた”ビーチ”と呼ばれる空間。

そこにいるコスプレ衣装を身に纏った8人の女性たち。

セーラーブレザーポリスナースロリータネグリジェマリアヤンチャ

その部屋の主は藤谷ミキオ

夜ごと、そのなかから選ばれたひとりの女性が彼とセックスする。

その部屋の片隅にあるノートにびっしりと書かれた女性の名前。

彼女たちはその名前をなぜか覚えている。

果たして彼女たちの正体は?
そしてその名前の女性は何者なのか?

一方、カワチとその恋人・キョーコは人生の絶頂にあった。

キョーコには暗い過去があるが、カワチはそんな彼女を優しく包み込んでプロポーズをする。

ふたりは幸せになるはずだった。

出所してきた道成というひとりの男が目の前に現れるまでは……

はじめに

本作は制作部と役者さんたちが舞台人としての誇りと生命を懸けた、聖なるもとい性なる舞台です。

感想を書くこちら側としてもそれに相応しい覚悟で書かなくてはいけないと思いました。

それが舞台を観る者としての礼儀であり、矜持であると信じております。

ゆえにこのブログには独断と偏見に満ち溢れたシモやブラックな表現が山ほど出てくるため、読んでくださるたくさんの人々の心を大いに不快にすることでしょう。

それでも構いません。

これこそ素の自分。言うなれば本性なんです。

なので、プロフィール写真から私のことを”お行儀が良くてマジメそう”と思われた初見の方はどうぞ幻滅し嫌ってください。

そして速やかにお引き取り頂いたほうが身のためです。

何せこの世でシモを言って許されるのは福山雅治さんくらいですから(笑)

もし問題なければ、ここからは私のダークサイドである黒スダに道案内のバトンを渡します。

黒スダ降臨
~長い前置き~

溜まり溜まった欲望がオレを呼び出しジャジャジャジャーン。

さて、今回は18禁だからモザイクいらずの無修正でイキたい。

コンプライアンスや常識なんて糞くらえ!!

本作の始終からビンビン感じたメッセージ。

昔、ドラマは大人のものだった。

題材も不倫、性描写、暴力、腹違いの出生なんて当たり前。

スポンサーがついていても媚びず、内容は問題提起に満ち溢れていて、インパクトあるメッセージを視聴者に与え続けた。

残念ながら、それらは今の地上波には少ない。

タレントを売り込みたいという思惑が液晶に押し出され、ドラマは出演者のファンが観る傾向が強くなった。

今は原作を実写した青春映画が絶えず量産され、「キュン」が主流らしい。

透き通った淀みのない色でとてもキレイすぎるからどこか変だ。

人間の本能に訴えかける刺激、すなわち性に関するものは抹消されたに等しい。

かつて向田邦子の「時間ですよ」では女湯で裸の女性が映るし、山田太一の「ふぞろいの林檎たち」にも性感マッサージのシーンがあり、野島伸司の「未成年」でもソープランドでの性描写があった。

「にっかつロマンポルノ」は遥か昔、「トゥナイト2」と「ギルガメッシュないと」が終わり、「ワンナイ」のチョコボーイ山口も消え、「土曜ワイド劇場」も「タモリ俱楽部」もマイルドになり、「特命係長・只野仁」や「湯けむりスナイパー」も新作が作られていない。

今そういうものを真っ向から好き勝手やってくれているのは、夕方に堂々と性風俗ネタを扱うTOKYO MXの「5時に夢中!」だけだろう。

黒いレオタードに網タイツをした岩井志麻子先生が腰をくねらせて歌う「愛の水中花」を放送するくらいだから、腹が据わってる。

性とは生きていくうえで避けて通れない、人類が繁栄するための源。

今日まで我々の血筋が途絶えてないのは先祖たちが「性」という契りを結んできたからだ。

だからこそ事実を学ぶ必要がある。

ヒトとは何か。性とは何か。

多様化する性が仲良く交流していくにはどうしたらいいのか?

なのに「お金」と同じくらい「性」は悪者にされがち。

学校はお金の勉強をさせてくれず、性教育さえもどこか曖昧で、正しい知識を教えることよりも存在や行為自体が卑しいものというイメージを大人たちに刷り込まれてきた気がする。

歴史ある伝統的な男女別学の高校が今も多く存在する、グンマのジャングルで思春期を迎えたからなのか?

今もその答えの実体を捉えられずにいる。

迫り来るR-18の誘惑

2021年が明けてから間もなく、そのときは突然やってきた。

『来月、「ピーチオンザビーチノーエスケープ」をやります!』

一報をくれたのは出演者の難波なうさん。

「え、ウソだろ?!」

オレは思わず声を出すほど驚いた。

なぜなら、本来は昨年5月に公演するはずだったのだから。

コロナ騒動で中止になり、てっきり封印されたとばかり思っていた。

が、ここへきてまさかの復活。

うれしかった。
心の底から観たかったのだ。

でも、がっついて大声では言えない。

R-18だ。

理性や常識が心にブレーキをかける。

ポスターを見るに、ゲネや本番で女優さんたちが素肌を魅せることは予想できた。

天使「うーん。たとえそういうのが好きな自分もさすがにこれは遠慮したほうが……」

悪魔「観たい! ものすごく観たい!」

心の中で両者が激しくぶつかり合う。

女の性を男たちの欲の捌け口にするなという世間の声が聞こえる。

男女平等が著しく騒がれるなか、「キュン」なんて生ぬるい言葉が流行るこの時代にそれを舞台でしちゃうの?

もし本当にやったら企画したほうもぶっ飛んでるけど、引き受ける女優さんたちのプロ意識もぶっ飛びすぎている。

その場で共演する男性陣もきっと内心、アレだ。

制作には女性のスタッフさんもいるし、現場の空気はいったいどうなってるんだろう?

机上(キ上)のパソコンで執筆するオレが振り返ると、天使と悪魔に加えてそういった舞台裏への邪な妄想たちが自粛に慣れきった部屋のベッドの中で上下運動を繰り返している。

くんずほぐれつ、ぐちゃぐちゃ。
執筆作業など上の空だ。

よし、ここは本能に正直になろう。
(もちろん、人の道理は守る前提で)

こうしてオレは内なる悪魔に魂を委ねた。

それから1か月後のシアターサンモール。
久しぶりに劇場へ足を踏み入れる。

光陰矢の如しというが、去年だけは例外だ。

感動して泣きたくなったらマスクを上にあげればいいさ、口元ノーガードになるけど(おいおい)

場内に流れる軽快なBGM。
開演を今か今かと楽しみに待つ観客。

これだよ。コレコレ!
どこか懐かしい空気にこの心は洗われた。

免疫力がグンと上がるように、この空間にいるだけで不思議と元気が湧いてくるのはなぜだろう。

病は気からなんていうが、ホントかもしれない。

驚いたのは思いのほか女性のお客さんがたくさんいらしていたこと。

男ばかりなのではと思っていた己を戒める。

なんだ、性別問わずみんな興味があるんじゃん。

じゃあよく聞く世間の声とは、いったい何なのだろう?

本番開始!!

ド頭からビジュアルの暴力目白押し。
緊急事態宣言下の東京で、ここが最も緊急事態しちゃってる。

キ上もとい、騎乗位するセーラー
半裸で狂ったように笑うロリータ
赤い下着でノリノリ踊るブレザー
あざとくランジェリーを魅せるナース
目隠しされた色っぽい大人のオーエル

まるで眼前にニンジンをぶら下げられた馬みたく、無意識に視線が引っ張られるのなんの。

(くわしくは、キ上の空論様の公式Twitterへ)

抗えない。
くそぉ、これが本能というものか!

嗚呼、男はなんて馬鹿な生き物なんだろう。

赤、白、紫、黒、青、その他もろもろ。
キャラごとに下着の色までちゃんと設定されているし!

(特攻服のヤンチャがさらしとか細かすぎるだろ)

このままじゃ制作側が仕掛けた策にまんまと引っかかってしまうじゃないか!

そして、ミキオが女を抱くシーン。

惜しげもなく胸を露わにする女性たちの描写にこの胸はすぐいっぱいになった。

同時に、官能的な男女の情事を爽やかなまでに歌い上げるキリンジの「乳房の勾配」が脳内でエンドレスリピート。

曲名といい、歌い出しといい、本編の描写とあまりにも重なりすぎて……オトガイ、脊髄。

キリンジ「乳房の勾配」

それにしてもここまで軽快でポップで思いっきり突っ走るとは。

と思っていたが、しばらく続くと異様な光景も見慣れてくる。

男優・女優問わず引き締まった腹筋にいたく感動し、自粛で鈍りかけたこの腹をニンテンドーswitchのリングフィットアドベンチャーでバキバキにしてやりたい衝動に駆られるほど。

だが場面が転換して道成たちのパートになると、背後のベッドでミキオが女性とコトに及んでいるから(良い意味で)セリフの聞き取りに集中できない(笑)

もちろん、コメディパートもしっかりある。

ヤンチャはなかなかミキオに選ばれず、ようやく「脱げ」と言われて意気揚々としていたら道着とグローブを着けられて、「やっぱ違う」と言われて相手にされない損な役回り。

ミキオの上司・も嫌味ったらしくてしがない中間管理職の匂いを存分に醸し出しており、すごくいい味を出している。

と安心しきっていたら、時折おかしな描写が挿入され始める。

コスプレ女性たちの首を絞めたり、頭を何度も強くひっぱたいたり、夜道で同級生の女性をストーカーしたりとミキオの挙動がどんどんおかしなほうへと進んでいく。

女性たちの正体がわかるまで
※ネタバレ注意※

部屋の片隅のノート。
そこにびっしりと書かれた女性の名前。

桜子

新参者のオーエルが「それは誰?」と古株のポリスに尋ねるが詳しいことは彼女にもわからない。

だが、面影はおぼろげに記憶の中にあるという。

実は桜子は12歳のときにミキオに誘拐され、強姦そして監禁された。

やがてミキオが持ってきたコスプレを着させられた桜子が自身の中に別の自分を生み出していく。

そう、コスプレ女性たちは桜子の分身だったのだ。

とすると、それまでミキオの前で見せていた女性たちの立ち振る舞いの意味は……

そしてミキオがコスプレ女性たちにしていた数々の行為の真意は……

あのポップな序盤の空気は見る影もない。

さてここでは、そこに至るまでに考えていたことをこちらに記す。

➀アダルトビデオ鑑賞中の妄想

最初はミキオがストレスの捌け口にAVをネットで観て、自慰行為中の脳内妄想でコスプレ女性と性交渉している描写を中央のベッドで表現しているのか?と推理した。

そう考えればセーラー、ロリータ、ナースなどシチュエーションやジャンルも一致する。

現に彼が女性をひとり選んでいるわけで、女性たち全員から彼に対して奉仕をすることはない。

途中からオーエルが加入したときは、学生時代に同級生だった女性・河原を抱けない欲求不満を晴らすためにミキオが新たにダウンロードしたのかと思った。

➁ラブドール(ダッチワイフ)

次に考えたのがラブドール。

ところがこの仮説はミキオの弟・道成の登場によって外れる。

道成と街でバッタリ再会してしまったミキオは、自らの秘密がバレるのを恐れて家を特定されないよう必死に逃げ惑う。

しかし、道成は生まれつきの執拗な執念でミキオの住み家を見つける。

「まだここで監禁してるんだ?」

と言い、ポリス姿の女性を後背位で犯し始める。

おいおい、洗わないのか?
てかそっちの意味でも兄弟かい。

なんて思っていると、彼女は痛みに耐える顔をしている。

ヒトだ。

その後、道成に暴行されたのち倒れているカワチから「逃げないのか?」という問いかけにもしっかり答えている。

やはりヒトだ。

桜子はなぜ逃げなかった?

ビーチの部屋に傷だらけで監禁されたカワチは、桜子(の分身)に「ドアは開いてる、いつでも逃げられる」と説得。

それでも彼女は首を縦に振らなかった。

これは学習性無力感といい、長期にわたってストレスの回避困難な環境に置かれた人や動物は、その状況から逃れようとする努力すら行わなくなるという現象。

鎖につながれたサーカスの象が有名で、地面に刺さった杭の鎖につながれたまま逃れられず育った子どもの象は、やがて大きくなってその杭を十分引っこ抜くだけのパワーを持ったにも関わらずそこから決して逃げ出そうとはしなかった。

おそらく桜子もそうだったのかと思われる。

そして、ストックホルム症候群

誘拐事件や監禁事件などにおいて、被害者が生存戦略として犯人との間に心理的なつながりを築くことをいう。

そういった心理が随所に盛り込まれていて唸ってしまった。

ん? 何か足りない!
※閲覧注意※

あるシーンを観ていて気になった。

それは、ミキオの性描写だ。

セーラー、ロリータ、ブレザー、オーエル

選んだ女性をベッドの上で抱きしめる。

わかる。

露わになった乳房を激しく揉みしだき、陰部に顔をうずめて愛撫する。

それもわかる。

でも、何かが足りない。

喘ぎ声?
玩具?
尻叩き?

いや、どれもしっくりこない。

なんだ?
なんなんだ?

ずっとモヤモヤしていた。

答えは主宰者である中島庸介さんのツイートにあった。

「コロナがなければキスシーンだってできた」

そう、キスだ!接吻だ!

ORIGINAL LOVEの名曲だ。
(略してオーエル、これは偶然か?)

ORIGINAL LOVE「接吻」

……というのは置いといて。

口づけが一切ないのだ。

愛を語らい合ううえでもっとも大事な儀式。

あの流れなら、ミキオが女性たちの唇にしゃぶりついていてもおかしくなかった。

狂おしいシーンの中に妙な礼儀正しさを感じたのはそういうことだったのか。

ん?

となると、もし昨年コロナ騒動が起こらずに予定通り大塚の萬劇場(読み方的にもどこか本作を連想させるが)で行われていたら……ミキオはいったい何人と何回キスしていたんだろう?

しかも20公演、まったくけしからん!

うらやましすぎるぜ……(おいおい)

ふたりの女性が迎えた末路
※さらなるネタバレ注意※

本作のキーパーソンとなる、桜子とキョーコというふたりの女性。

桜子は兄のミキオ、キョーコは弟の道成に支配されている。

桜子は12歳から10年間、ビーチと呼ばれる部屋から逃げようとしない。

キョウコはかつて道成と関わったために彼から性暴力を受け、脅迫され、支配され、他の男たちと乱交させられ、奈落の底へ突き落とされた。

ミキオは自らの行いに葛藤するが、道成は反省の顔色すら見せない。

終盤、河原との関係がうまくいかなかったことで絶望したミキオから桜子は「お前の人生を台無しにした俺を殺せ!」と命令される。

が、できない。
10年の歳月、すでに支配者と奴隷を越えたナニカが生まれてしまっていたのだから。

いや、溺れる者が藁をもつかむようにこれからも生きていくための術かもしれない。

もしくはこれからミキオを一生かけて陥れていくための復讐の前戯か?

一方のキョーコは首を吊って自殺してしまう。

皮肉にも心許したカワチを通じて道成に再び会ってしまったが最期、またあの日々が繰り返される前にケリをつけた。

当の道成はまったく驚きもしない。

それどころか、監禁部屋から命からがら抜け出して現場へやってきたカワチに向かって「シャワー浴びてくるわ」と言ってのける。

救いを求めて桜子は生(ノーエスケープ)を選び、キョーコは死(エスケープ)を選んだ。

ここが見事なまでに対比になっている。

これまでなぜ道成パートが描かれてきたのか考えた時、スッと腑に落ちたのだ。

本作はミキオと桜子の物語。

出演者の名前を50音順にしてオチを悟らせず、パンフレットのサンプル画像で仲井真さんと難波さんのページが写っていたのは伏線か!

メインテーマとともに一斉にランジェリー姿となって舞い踊る9人の美女たちに取り囲まれながら、ベッドの上で激しく絡むミキオと桜子。

これから1人の男と10人の女がどうなるかなど、当の本人たちすらもわからない。

醜くも美しいハッピーなバッドエンドだ。

それこそ「人間は歪が正しい」という本作のキャッチコピーに掛かっているのだろう。

ところで道成のほうは、キョーコがエスケープした姿を見て狂ったカワチに浴室で刺し殺される。

自らの罪を反省したミキオは生かされ、まったく更生しなかった道成は無様に死ぬ。

ここも対比になっていたりする。

道成が迎えた因果応報に観客たちの溜飲は下がったかに見える。

が、キョーコの後すぐに死んだということは……

道成「(電話に)すぐに出ろつってんだろ?!」
キョーコ「………ごめんなさい」

エスケープした先でもノーエスケープ。

もしカワチが彼女の後を追ったにせよ、道成が地獄に堕ちていない限り、先にあの世でふたりがそんなやり取りをしてるように思えてゾッとした。

むろん、あの世に天国と地獄があればの話だが。

今回のなんばさん

本作の裏の主人公・桜子役。

上演時間は120分。
75分過ぎにようやく姿を現す。

静かに登場した瞬間、もう空気が違う。

遠くを見つめる虚ろな目がイってるのだ。

オレはこれから何が起こるか悟った。
でも目の前で起きたことは予想の斜め上をはるかに超え過ぎていた。

桜子は自らの過去をゆっくり語りだす。
芯のあるハッキリした大人の女の声で。

「わたしは、12歳の夏―」

コスプレ女性たちが続けて桜子のセリフの間に合いの手を入れていく。

「(わたし)たち(は)、小学6年生(12歳の)暑い(夏)―」といった感じに。

いつの間にか桜子はコスプレ女性たちの先導に立って従えている。

かと思った次の瞬間、背後から現れたミキオに覆面をされて連れ去られると急に12歳の少女の動作と声になって泣き叫ぶ。

そのままベッドに押し倒されて犯されるが、抵抗感がリアルすぎて何とも言えない。

この数分の間に何度も切り替わる感情と表情のスイッチの多さ。

まるでアーティストの藤井風さんが武道館ライブのパフォーマンスで観客を魅了するようなとてつもないパワーだ。

メガ進化、ここに極まれり。

次回はギガ越えてテラ行くぞ、あの勢いなら。

難波さんは2018年12月の舞台「今度は愛妻家」のモデル役で、ワイシャツ1枚にメガネ姿で写真家の主人公を誘惑したり、彼のアシスタントの男性とキスしたり、「(アシスタントの)彼はあの夜、確かに私の中でイッたと言ってた!」と言い放ったりと、これまでとは違う演技に衝撃的過ぎて客席にいたオレは失神しかけた。

終演後、帰りの込み合ったバスの中でひとり、窓の外の黄昏を見つめる。

気分はまるで急に大人になった都会育ちの姪っ子にあたふたする田舎在住の伯父のよう。

難波さんに会うのは毎回終演後の面会時だけだがどんどん進化しており、友人歴も早6年になるがもはや追いつけないほど別の次元にイっちゃってる芝居のギャップから来た戸惑いだったのだろう。

たまに楽屋のキャスト集合写真を見ると、輪の中心には必ず難波さんがいる。

いつも思う、「めっちゃカッコイイ」と。

その証拠に毎回、共演者たちはみんな笑顔で和んでいる。

彼女のコミュニケーション能力の高さに憧れ、こういう人になろうとお手本にしていた。

でも、なぜかうまくいかない。
彼女のような人柄になろうと努力すればするほどこんがらがってしまう。

いったいなぜだろう?

今回の舞台を観て、ようやく気づいた。

彼女は彼女を生きているのだろう、と。

きっと人は誰もが生まれながらに何かしらの魅力を持ち合わせている。

が、それに気づくか気づかないかはその人次第。

なかには気づいてなくて発揮していることも。

魅力とはありのままの自分のあり方に気づき、見つめ育てることなのではないだろうか。

だから誰ひとり同じものなどない。

ところが多くの人が親や教師たちによってありのままでいることを許されず、いい学校・いい会社に行って世間が望む人材になれと同一化を求められたり、虐待されることで生きている自分を否定されたりする。

※皮肉にもこれは道成が放った「こうなったのは俺たちのせいじゃない。親たちのせいだよ」というセリフにリンクする。兄弟でしている行いこそ許されはしないが、もしかすると彼もミキオもこういった慣習の被害者だったのかもしれない。

やがて社会に出れば世間の常識で心はがんじがらめにされ、人の目を気にして自分にウソをついて必死に取り繕うことを覚えていく。

それでも本当の自分を隠してはいけない。
心の檻に閉じ込めてはいけない。
もちろん、程度や時と場合はあるが。

たとえどんなにうまいウソで隠せても、ふとした刹那ボロが出てしまう。

抗うことを諦めたら終わりなんだ。

だからこそ素の自分を認め、許し愛して受け止めることが大事なのだ。

ビーチで桜子は分身を生み出す過程で自分の存在そのものを消しかけた。

もう逃げられないとミキオに思い込まされながら、現実逃避に追い込まれながら、それでも自分の名前をノートに何度も書き殴り続けることでギリギリ抗っていた。

ふと、今は亡き祖父が生前「ほとんどの人は一生自分の魅力に気づかないまま死んでいくんだ」と口癖のように言っていたことを思い出す。

それが時を越えてこの心を貫くとは。

たとえどんなに努力や苦労を重ねてもどうにもならないことがあるのも確か。

それでも人にはそれぞれその人だけの魅力があると信じていたい。

「すださんにはすださんだけの持ち味や作家としてのやり方があるじゃないですか。それでガンガン行っちゃいましょうよ!」

クライマックス。
殺されずむしろ求められるという恐怖で逃げ惑うミキオを、顔面蒼白で追いかけ回す狂気な桜子から陽気な声でそう教えられた気がした。

ゆえに今回オレは本性をぶちまけてみた。
自分自身に素直になってみた。
それが魅力になるかどうかはわからんが。

最高の役者さんたちがこんなにも命を懸けてるんだ、これくらい屁でもねえよ。

印象に残った役者さん

言うまでもなく、道成役の斉藤マッチュさん。

もう存在感がすごい。
すでにその佇まいから悪が醸し出されている。

道成が何をして捕まったのか、立ち振る舞いからイメージ映像が浮かぶ。

演劇のセリフは基本ウソつきだらけ。

出所後「とっくに更生したんだよ」と甘く言いながら、キョーコに対して狂気の脅迫をどんどん畳みかけていく悪さは最恐で最凶な鬼畜っぷりで見事すぎる。

現実に決してあってはならないが、こうやって支配者と奴隷という関係が出来ていくんだなと。

素顔はめっちゃ気さくな人に決まってる。
もし面会が可能だったら拝見したかった。





実は難波さんと斉藤さんのほかにもうひとり、強く印象に残った役者さんがいた。

が、そのインパクトの強さゆえ“先入観を抱かぬように、次の公演でその人の別の一面もじっくり観たい”という理由から今回は敢えてここに書かず、そっと心の中にしまっておくことにした。

舞台を観たくてたまらないワケ

作家として、男女問わず惹かれる役者さんが山ほどいらっしゃる。

どうしてこんなにも心奪われてしまうのか?

それは見たまんまではないから。
役者の名の通り、役に成る者だ。

「魅力ある人はプラスのギャップを持った人」と言った人がいる。

強面の人が優しさを見せたり、弱そうな人が実は筋骨隆々だったり。

外面のイメージが内面のイメージに良い意味で覆されたとき、人は感情を揺さぶられる。

役者とはその最たるものではないだろうか?

上手い役者はいろんな顔を常に忍ばせている。
すなわち引き出しという名の魅力だ。

輝いている人はきっと己の魅せ方をわかっている、もしくは無意識にできているのだろう。

こんなにも間近で学べる人たちがいるなんて、オレはなんて幸せ者なんだ。

これぞまさしく「キュン」だ!!

(我に返って)………あ。

これからの男と女は…

おそらくさらなる平等が進むと予想される。

ただたとえ権利や立場は平等にできても、体つきや脳の作りまでは平等にできない。

お互いの生態を深く理解しよう、と陳腐なきれいごとを言ってみたところで何も変わらない。

誰もがしっかりした恋愛ができればいいが、現実はそうもいかない。

ミキオのように女性との接し方がわからず幼女を誘拐監禁強姦する男、道成のように女性を暴力や脅迫で支配する男、散々男の心をもてあそんだ挙句金を騙し取って殺す女、妻子持ちの男性と不倫しその彼の妻にマウンティングする女。

ドス黒さの程度こそ違えど、やってることは男女平等じゃないだろうか?

どうりでこの世は歪で正しいわけだ。

黒スダからの別れの言葉

本作を観ていろんなことに踏ん切りがついた。

ここまで清々しいほどぶっ飛んだ作品に出会えたことで心のブレーキが外れた。

だからハッキリ言わせてもらう。

オレかて男じゃけん。

下腹部の誇り高きモノ、堂々と持っとんのじゃ。

だから女の人のことが好きで好きでたまらん。

ぶっちゃけ人に嫌われるのがガクブルで、ガキんときから相手の顔色気にしてこれまでずーっと良い顔ばっか作っとったけど、さすがにもうクタクタのクタ之介や。

こちとら実に長ぇ自粛強いられて溜まり溜まった鬱憤の吐き場探しとん。

これぐらい毒吐きまくるまっくろ黒スダにならな、やってられんわ。

思いのほかペラペラ喋りすぎてもうオレに謎なんぞ無ぇけど、それで良かんべ?

一度きりの大切な人生、思う存分マン喫してから逝きてぇんだ。

だから今回言いたいこと洗いざらい言わせてもらったばい。

ゆえに行儀よくマジメな八方美人だなんてレッテル貼られても困るんよ。

みんなと同じ、どんよりした本能や欲にズブズブまみれとんのさ。

それを不快に感じるなら嫌え。
思う存分、オレを嫌っとくれ。

ばってん油断してっと、うっかりまた出てきてやっから覚悟しろ。

てなわけで、ひとまずさよならべいべ。

おわりに

改めまして、ライトサイドの白スダです。

コロナ騒動で人と人が近づけなくなり、とくに演劇界は大打撃を受けました。

本作が延期だけでなく、出演者も一部交代になってしまったことに心よりお察しいたします。

もちろん安全面でオンライン演劇やライブ配信の必要性も重々理解はしております。

でも、やはり生を観たいんです!

舞台上の役者さんたちにキュンキュン心揺さぶられたいんです!

それを優しく厳しく見守る制作スタッフさんたちが現場で何を考え、どう動いているのかをイメージしていたいんです!

何より私は役者さんに面会できないことが悔しくて苦しくてつらい。

(ただ今回のは内容が内容なだけに、女性陣にお会いしてたら照れちゃうというか何というか……ね)

現場を生きる人たちの顔を見て、声を聴いて、一挙手一投足に酔いしれたい。

そしてこちらは声のスタジオ収録という形ですが、これからも現場で役者さんたちと一緒に仕事がしたいんです。

この業界に足を踏み入れてしまった以上、この心は簡単にエスケープできそうにありませんので。

そんな気持ちを奮い立たせてくださる、とても素晴らしい舞台をありがとうございました。

大変な事態が続きますが、関係者の皆様、引き続きお体ご自愛下さい。

「塩っ辛い!」

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