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〇市民会館・小ホール
テロップ『19年前・7月』

暗がりの舞台。
ライトに照らされ、顧問の崎谷唱子(40)が登場する。
明るくなると、それぞれ通う高校の制服を着た卒業生たちが席についている。

その中にマンドセロを持った千住琴恵(16)がいる。

琴恵の声「この子に最後に触れたのはいつだろう」

唱子がタクトを構える。
琴恵、マンドセロを構える。

タクトを振り上げると同時に、唱子の鼻息がホールに響く。
卒業生たちが『序曲』の演奏を始める。

琴恵の声「思い出した。私たちが中学を卒業して、それと同時に他校へ転任した崎谷先生と1年後にまた再会して定期演奏会で序曲を演奏したときだ」

ギターパートの古内奏太郎(16)と久石弦一(16)、マンドリンパートの早坂美音(16)の姿も見える。

琴恵の声「昔から縁の下の力持ちなポジションが好きだった。ドラマも映画も味のあるバイプレーヤーがいるからこそ意味がある。だからマンドセロを選んだ。まるで内助の功。マンドリンよりも大きくて、力強い音を出す弦の太い愛しき楽器」

演奏を楽しんでいる一同。
琴恵の顔も充実している。

〇琴恵の人生のハイライト
高校生、大学生、社会人そして母親になっていく。

琴恵「私の人生プランはほぼ計画通り。陰ながらみんなを支えていくことこそが大切だと思っていた」

〇琴恵の家・寝室(早朝)
テロップ『半年前』

ふたつあるベッド。
片方には琴恵(36)。
もう片方に眠る夫はいない。

起き上がる琴恵、ふと引き出しから何かを取り出す。
演奏会での集合写真だ。
中学生時代の琴恵、満面の笑み。

琴恵「…………」

〇同・リビング(朝)
洗濯物にアイロンをかけている琴恵。
制服姿の娘の舞(13)がやってくる。

舞「行ってきます」
琴恵「事故に気をつけてね」
舞「わかってる!」

琴恵がプリントを見る。
『部活見学』の文字が目に入る。

琴恵「そういえば入る部活決めたの?」
舞「うん」
琴恵「テニス部? バドミントン部?」
舞「ううん。ギターマンドリン部」
琴恵「え?!」

琴恵の目が開かれる。

琴恵の声「トレモロ、それはおもにマンドリンなどの弦楽器における奏法のひとつ。同一音の急速度な反復。ふるえるように聞こえる。震音」

舞「どしたの?」
琴恵「ううん」

〇同・前の道(朝)
自転車に乗って通学する舞。

〇同・庭
離れにある倉庫。
琴恵がやってくる。
ホコリをかぶった楽器ケース。

琴恵の声「アルペジオ、それはおもにギターなどの弦楽器における奏法のひとつ。和音を構成する音を一音ずつ低いものから(または、高いものから)順番に弾いていくことで、リズム感や深みを演出する演奏方法」

琴恵は撫でるようにケースに触れるも、開けるのを踏み止まってしまう。

琴恵の声「きっと誰の人生にもトレモロのように心が震える瞬間も、アルペジオのように心が上下する瞬間もあるはず。もし私の名前を引用するのなら、予期せぬ何かがふと心の琴線に触れたその一瞬」

〇タイトル
「10人のトレモロ・アルペジオ」

〇××銀行
ATMから通帳が出てくる。
帳面を見つめている琴恵、うつむきながら歩いていると何かにぶつかる。

琴恵「すいませ―」
弦一「こちらこそ。大丈夫ですか?」

視線を上げると、目の前に体格の良い男性行員がいる。
久石弦一(36)だ。

弦一「え、琴ちゃん?」
琴恵「ウソ?! 弦ちゃん!」

周囲の視線がふたりに向けられる。

弦一「声が大きいってば」
琴恵「ごめん」
弦一「実はこの春から異動でここに」
琴恵「そっかあ」
弦一「中学卒業後の演奏会以来だな」

〇フラッシュ・部室
古びたプレハブ小屋の中。
奏太郎(15)、琴恵(15)、弦一(15)。
休憩中の風景、仲良く話している。

〇もとの銀行
弦一「よく3人でしゃべったな」
琴恵「部活の席、近かったもん」
弦一「あのムッツリ野郎はどうしてんだろ」
琴恵「そういえば」
弦一「アイツ、SNSは?」
琴恵「やってない……はず」
弦一「今どき珍しいな」
琴恵「調べてみる」
弦一「ウチなんか嫁が映え映え映え映えうるさくて。あ、言っちゃった」

弦一の左薬指には指輪。

琴恵「子どもは?」
弦一「おかげさまでもうすぐ小1」
琴恵「こっちは中1」
弦一「ってことは部活は」
琴恵「ギタマン部」
弦一「お! 親子2代でか」
琴恵「まあね」

琴恵、再度弦一の手を見る。
親指だけなぜか爪が伸びている。

琴恵「弦ちゃん、今でもまだギター弾いてるんだね」
弦一「え?」
琴恵「だってその爪」
弦一「あ、わかっちゃった?」

琴恵の声「彼はいつも右手の爪をぜんぶ伸ばしていた。それはギターのアルペジオがきれいに弾けるから。部室で右隣の席だった私はトレモロをする弦をおさえる場所を確認するたび、弦ちゃんのギターを弾く右手がいつも視界に入った」

弦一「今は親指だけだけど」
琴恵「え?」
弦一「全部の爪を伸ばしてたときはサロンで手入れしてもらってたんだけど、さすがにそっちの人に間違われるのはアレだったから。ほら、こういう見た目だから。それに今は仕事が仕事だから」
琴恵「たしか部活のときは紙やすりで爪磨いてたよね」
弦一「よく覚えてるな」
琴恵「ふふふ」

行内に流れるしばしの沈黙。

弦一「あの頃がいちばん楽しかった」
琴恵「自転車でいろんなとこ行ったよね」

〇映画館~公園・回想
中学時代の弦一と琴恵が出て来る。
手が触れるか触れないかの距離。
自転車を転がして公園を歩くふたり。

〇もとの銀行
弦一「やめよう、その話は。もうお互い大人なんだし」
琴恵「そうだね」
弦一「もうあの頃みたいには―」
琴恵「不思議だよね」
弦一「ん?」
琴恵「子どものころは何でも自由にできる時間があるのにするためのお金が無くて、大人になれば何でも自由にできるお金があるはずなのにするための時間が無いなんて」
弦一「おまけに世間の常識なんていう心のブレーキもかかって」
琴恵「そうだね」

〇琴恵の運転する車
物思いに耽る琴恵。

〇琴恵の家・リビング・回想(深夜)
真っ暗闇の中。
ガサゴソと音がする。

次の瞬間、パッと明るくなる。
電気を点けたのは琴恵。

夫・重春(41)がいる。
手元には資料。
スーツはヨレ、ひどく顔がやつれている。

〇同・玄関先・回想(深夜)

琴恵「出て行くってどういうこと?!」
重春「言葉のとおりだよ。お金ならちゃんと家に入れるから」
琴恵「待って!」

琴恵が重春を制止する。

重春「戻らないと。仕事に遅れが出る」
琴恵「待って! 顔色悪いよ、ちょっと休んだほうが―」
重春「そういうわけにはいかないんだ」
琴恵「どうして?」
重春「お前たちのために決まってるだろ」
琴恵「こんなこと言うのもアレだけど、大変なら仕事変えてもいいんだよ?」
重春「今さら40過ぎの男をどこが雇ってくれるんだ!」
琴恵「共働きすればいいじゃない。それが今の時代は普通なんだから。そしたらもっとゆっくりできるでしょ」
重春「……ふつう?」
琴恵「え?」
重春「ふつうってなんだよ? 家族の長が稼げないのがふつうなのか? 社員なのに給料がカットされたことがふつうなのか?」
琴恵「そういう意味じゃ―」
重春「夫として、一家の主として、オレはお前と舞を支えると結婚するとき決めたんだ」
琴恵「だからって出て行くことないでしょ」
重春「こんなやつれた父親の姿、あの子には見せられない。きっとオレが家の空気を重く暗くしてしまう」
琴恵「そんなこと言わずにいっしょにこれから考えていこう? ね?」

重春のスーツから落ちた何か。
精神安定剤だ。
とっさに重春が薬を隠す。

琴恵「あなた、それ」
重春「ただの風邪薬だ」
琴恵「友達が昔同じの飲んでた」
重春「なあ、わかってくれ」
琴恵「どうしていつもそうひとりで抱え込もうとするの!」

重春のスマホが鳴る。
呼び出し元は『部長』。

重春「もしもし、今向かいます」

そそくさと重春が出て行ってしまう。

琴恵「あなた!」

(回想終わり)

〇もとの車内
目の前の赤信号。
ビックリして急ブレーキを踏む琴恵。

〇スーパーマーケット・休憩室
仕事着になっている琴恵。
スマホの画面、『重春』の文字。
琴恵が電話をかける。
が、応答はない。
持っている通帳には入金がされている。

琴恵「…………」

〇暮れ行く街

〇琴恵の家・リビング(夜)
琴恵が洗い物をしている。
舞はスマホに夢中。

琴恵「部活見学楽しかった?」
舞「もちろん」

琴恵が蛇口の水を止める。

琴恵「どうしてギタマンを選んだの?」

と、舞がどこかへ行ってしまう。

琴恵「舞?」

しばらくして舞が戻って来る。
その手には例の集合写真。

琴恵「それ―」
舞「このときのママ、とてもいい顔してる」
琴恵「なに言ってるのよ、それじゃまるで今は良い顔してないみたいじゃない」
舞「いま、幸せ?」
琴恵「あ、当たり前じゃない、あなたが生まれて来てくれて本当にうれしいんだから」
舞「じゃあパパのことは?」
琴恵「…………」
舞「起きてたの、あの日」
琴恵「…………」
舞「わかってる。オトナはいろいろあるもんね」
琴恵「……舞」
舞「もしギタマンに入れば、もしあたしが演奏してるのを見たら、もう一度ママの顔が輝くかなと思って」
琴恵「でも舞、本当にそれでいいの? あなたにだってやりたいことあるんじゃ―」
舞「クラシック、大好きだもん」

3人そろった家族写真が悲しい。

舞がスマホで動画サイトを再生する。

ドヴォルザーク『スラヴ舞曲』

舞「パパ、よく車の中でこれ聴いてた」
琴恵「……あなたの名前、この曲から取ったのよ」
舞「え?」
琴恵「舞曲、舞う曲」
舞「…………」

〇市民会館・小ホール出入口
テロップ『現在・2018年9月』

定期演奏会のリハーサル。
デザインTシャツを着ている琴恵、ステージを見つめている。

舞「懐かしがっちゃって」
琴恵「昔と違うなあと思って」
舞「え?」
琴恵「母さんたちの頃の定演って夏休みの時期にやってたの。校舎の離れに小さなプレハブ小屋があってね、そこが部室だったの。暑い頃は窓を開けて練習してたなぁ。そうそう、天井の扇風機があるのに動かなくて―」

懐かしむ琴恵の顔は輝いている。

舞「ウソ?! 今はどこだって夏はクーラー完備だよ? てか、そういうのしっかりしてないと学校の問題になっちゃうもん」
琴恵「これも時代の流れなのね」

〇同・正面玄関前
奏太郎(36)がやってくる。
建物を見上げて深呼吸ひとつ。

〇同・小ホール・中
前回、第1楽章のシーン。
『序曲』を演奏している部員たち。

琴恵、昔を懐かしんでいる。
観客席の奏太郎は驚いたまま。

終演後。
客席での琴恵と奏太郎のやり取り。

奏太郎「忘れてくれ。また集まろうにもみんな忙しいだろうし、それにもうあの頃みたいに無邪気な中学生じゃないんだから」
琴恵「…………」

保護者が琴恵を呼ぶ。

奏太郎「ほら仕事だよ、琴恵母さん」
琴恵「古内くん!」

奏太郎が去っていく。
目で追う琴恵で―

琴恵「待って!」

奏太郎、振り返る。
琴恵がスマホを取り出して、

琴恵「SNS、できる?」

〇琴恵の家・リビング(夜)
琴恵がマンドセロのケースを開く。
弦は新品同様に張り替わっている。

舞「出た、ザ・ビンテージ」
琴恵「(ムッとして)舞」
舞「ジョーダン」
琴恵「セッションする?」
舞「できるの?」
琴恵「こう見えても歳の離れた先輩なんだからね」

琴恵が思い切りマンドセロを弾く。
力強い音色。
舞が思わず圧倒される。

舞「すごい」
琴恵「ああ、この感覚!」
舞「やっぱ今のほうがいいよ」
琴恵「え?」
舞「とても輝いてる」

序曲を演奏し始めるふたり。

と、琴恵のスマホが鳴る。
表示されている奏太郎からのメッセージ。

『またみんなで集まろう』。

<第3楽章 久石弦一につづく>

このシナリオはフィクションです。
実在する人物・団体・場所とは一切関係ありません。

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