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瞳「使ってないフレームは?」
鏡輔「そこにいくらでも」
瞳「ちょっと借りる」
鏡輔「優しく扱えよ、俺のとってもかわいい孫たちなんだから」
瞳「それって結婚しない私への当てつけ?」

瞳M「このまま何も得ずに引き下がるのは悔しいから私もセルフレームを磨いてみた。だが……」

鏡輔「うん、まだまだだな」

瞳M「メガネ屋は客商売のなかでも難しい部類に入ると聞く。お客様の性格を把握したうえで接客や測定をし、フレームやレンズの特徴を考えたうえで加工し、頭の形を見たうえでフィッティングする。お客様によってすべて答えが違うのだ。これほど臨機応変が求められる奥の深い仕事は他にないだろう。ゆえに自信をなくし、何度挫折しかけたことか」

瞳「学べば学ぶほどわからなくなる(と呟く)」
鏡輔「ひょっとして限界感じてるのか?」
瞳「まさか」
鏡輔「言っとくがどの仕事にも終わりなんてないぞ」
瞳「わかってる」

瞳M「と次の瞬間、なぜか父は虚空へ手を払う仕草をした」

瞳「どうしたの?」
鏡輔「(訳知り顔で)蚊だ。10月も終わりだってのにまだいやがる。ま、気にするな」

瞳M「父にも私にも蚊に刺された跡は見当たらない。しばらく室内を見回してみたが、やはり蚊らしきものは見えなかった」

鏡輔「ところで久々の特急サンダーバードはどうだった?」
瞳「ザンネン。乗ったのはしらさぎでした」
鏡輔「なんだ、雷鳥じゃないのか」
瞳「今どき雷鳥なんて使うのは、平塚雷鳥くらいだっての」

瞳M「父はサンダーバードという大昔の人形劇のファンで、末っ子のアラン・トレーシーがお気に入り。今でも工房の片隅には劇中でアランが乗る3号機の赤いロケットの模型が置かれている」

瞳「まだ飾ってるんだ、そのロケット」
鏡輔「何しろ俺の手作りだからな。ものづくりは奥が深い」
瞳「ぜんぜん劣化してないし。あれ、むしろピカピカになってる?」
鏡輔「ちゃんとメンテナンスしてるからな。メガネと一緒だ。ひとつのものへ愛を持ってしっかり手入れし続ければいつまでも長持ちさせられる」
瞳「愛を持って手入れし続ける、か」
鏡輔「今は工場で一度に大量ロット。オリジナルなんて要らなくなってきてる。街を歩けば無個性なありふれたメガネがどこもかしこも手頃な価格で売られていて、簡単に使い捨てられるようになった」
瞳「またその話か。気持ちはよくわかるけど、現代人のニーズに応えることも大事だと思う。ウチみたいなハイブランドを扱うセレクトショップだって安いセットを売ってるところもあるし。こっちだってたくさん売らないと商売にならないから」
鏡輔「立場が違うのはわかってる。良いものを作ることは職人たちの自己満足だって思うだろう。それでもメガネをかける人には長い間本物を大切に身に着けてもらいたいと願うんだ」
瞳「今は用途によって高いメガネや安いメガネを買い分ける人がいる時代なんだし、日々ライフスタイルも変わってきてるの」

瞳M「父はため息をつくと、ゆっくり工房の中を歩きながら、年季の入った機械たちに手を触れていく」

鏡輔「これらは先代から譲り受けた貴重な宝物だ。今の機械に比べれば効率は悪いだろうし、時代遅れだの古臭いだの言われるかもしれない。それでも、こういう昔ながらにしがみつく人間が今の時代ひとりくらいいてもいいんじゃないかとも思ってる」
瞳「でもそれじゃ時間かかるし。市場が回らないでしょ。質も大事だけど、量だって大事なの。たとえどんなに良いものだって時代に合わなきゃ何にもならないよ」

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