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SE 駅のアナウンス

鏡輔M「翌朝、瞳を車で鯖江駅まで送った。昨日は深夜にもかかわらず瞳はひとり工房でメガネを削っていた。古き良き機械の使い方に悪戦苦闘する姿はまるで自由奔放な子どもに手を焼く母親のよう。まだまだ未熟な娘だが、わりと筋は良い。かつて都内のロケット部品の製造企業に勤めていた俺が妻の実家を継ぐため初めてここへ来た頃を思い出した」

瞳「手術の結果、教えてね」
鏡輔「わかっても言うもんか」
瞳「母さんに聞くからいいもん」
鏡輔「それにしても、あんなに取り乱した母さんを見たのは久しぶりだった」
瞳「ダメだよ、泣かせちゃ。それほど父さんのことを想ってるんだから」
鏡輔「…………」

鏡輔M「やがて瞳はカバンの中から何かを取り出した」

瞳「このセルフレームに感謝しないと」
鏡輔「常連さんによろしくな」
瞳「生みの親が丹精込めて磨いてくれたって伝えておくから」
鏡輔「やめろ。当たり前のことをしただけだ」
瞳「なーんだ、照れることもあるんだ」
鏡輔「親をからかうんじゃない」
瞳「母さんによろしく」
鏡輔「わかった」

SE 電車が近づいて来る

瞳「ムリしないでね」
鏡輔「ああ」
瞳「元気でね」
鏡輔「……ああ」

SE 遠ざかっていく特急電車

鏡輔M「特急サンダーバードに乗って瞳は東京へと戻って行った。メガネの業界は内向的だと世間からよく言われる。しかし、それは愛とこだわりが強いからこそだと俺は思う。並大抵の気持ちでは太刀打ちできない、経験と勘が試される奥の深い世界。これから先、業界自体がどうなっていくのかはわからないが、この目の黒いうちは挑み続けたい。さて、次に娘を乗せたサンダーバードがやって来るのはいつになるかと思いながら鯖江駅のホームを後にした」
〈おわり〉

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